第9話
アスランはまだへたれていた。こんな姿、一瞬でも他人に見せられない。 クールでかっこいい、敏腕カリスマ社長で通っているのだ。世間的には。 ところが現実はコレ…机上には涙の湖。 「へたれたまんま、一体何やってるんですか!このド変態」 すぅはぁ〜すぅ〜はぁ〜〜〜。 ニコルの目の前のへたれは、ブルーのチェック柄のハンカチを顔に当て、「キラ…キラ……」と言いながら、まだ泣き続けていた。 「小さくなってから、ずっとこの俺のハンカチでくるんでたんだ。ああ…今だって、キラの匂いがす……」 言い終える前に社長は一介の社員によってボコボコに殴られ、床に顔をめり込ませていた。宙に浮いた手足が、痛みにピクピクと痙攣する。 そんな姿をニコルは腕組みをしながら、更に片足で社長を足蹴にぐりぐりと押さえつけた。 「そんなこと平気で言うから、キラさんに嫌われるんでしょ!」 ニコルには判っている。 一見格好いいはずのアスランがどうして振られたか。好きなのは判るが、この男には常識とか理性とか言うものが欠けてるのであった。 「アスランも協力してください。キラさんを元に戻すんですから」 アスランはがばっとニコルをひっつかみ、真剣なまなざし。この目が続いてくれれば何も問題はないのだった。更に言うなら喋らなければ。 「判ったのか?原因は?対処法は?キラはいつ元に戻って、俺の胸に飛び込んでくれるんだ?」 この一言に、ニコルの怒りは倍増する。 「だから何度も言ってるでしょうが!感情に突っ走って、途中から言ってる内容がおかしくなるんですよ」 「だってキラがそう約束してくれたもん!俺の側に一生いてくれるって…」 ニコルは理解する。 この話…後半はアスランの妄想ワールドでサクッと切り捨てて、前半部分を話半分にした程度が事実に一番近いのだろう、と。 まともに聞いていたら頭がおかしくなりそうだ。 まったく、頭の中で整理するだけでも大変な作業だ。 「ま…それはいいんですよこの際放っといて…」 「それこそが重要な問題だ!」 ニコルのげんこつがアスランの顔面にめり込んだ。 「だからその問題はあとからって言ってるでしょ!とりあえずキラさんがどうしてああなったのか、原因を突き止めるのが先!」 アスランはハッとしてやっと気が付いた。 「そうか!そうだな!くそぅ、キラをあんなにしたヤツは誰なんだ。あれじゃ、ほっぺにチューもしてもらえないし、お尻だって触れな…「黙れ!ド変態」 「へ?」 「後半部分がオカシイと、何度言えば解るんですか!だからキラさんがセクハラだってずっと悩んでたんでしょうが!その部分さえなければ、キラさんだってなびいてたかも知れないのに」 ピク! 「顔やスタイルは良いんだから、あとは変態が全面に出ないようにしたらどうなんです?」 ピクピクッ!! 「努力したら、見直してくれることもあるかも知れないじゃないですか」 ピキュゥゥウウウーーーーーーン!!!……………キターーーーーっ!!!!! 「そうだったのか!ありがとうニコルっ!今から早速彼女に交際を申し込んで…「待たんかアホ!」 天下の社長は早速ニコルに首根っこをひっつかまれ、猫みたいに丸くなった。 「僕はそんな個人の色恋に口を挟みに来たわけじゃないんです!判ります?ここは会社、あなたは社長、僕は営業部長。この意味が!」 「仕事しろ…と?」 「今はむちゃくちゃお仕事の時間です」 「判りましたっ!キラ構わないで仕事すれば良いんだろ!仕事すればさ」 こんな程度ですねるアスランが、非常に場違いだ。 「それで、気になることがあるんですがアスラン、あなた紅茶に何か入れませんでした?」 紅茶…それはニコルからの内線のせいで、結局飲み損ねたあの一杯のことだ。他には思い当たらない。 「ん〜砂糖を入れようと思ったんだけど、給湯室になかったから〜ここにあったシュガーの袋を開けて入れたら、コーヒークリープだった。それが何か?」 途端にニコルはあわてだした。 それは…コーヒーシュガーでも粉ミルクでもない。今朝自分が置いていったあの新商品だ。 間違いなく。 「あれ、ミルクなんかじゃないって、朝も言ったでしょう!」 「知らないよ。ここにあったから。これくらいの袋に入ってたし、どこから見てもコーヒーシュガーにしか見えなかった!入れたらミルクだったんだ」 「ちょっと待って下さい。あれは水に溶かして飲むものだってあれだけ……」 「全然覚えてない」 ニコルの頭の中で思考回路が高速回転した。 つまり、要約するとこういうことだ。 <アスランは、キラの言ったことしか聞いていない> 「このどあほう!一体あなたは何をどう聞いてるんですか!キラさんの言ったことしか頭に入っていないでしょう」 指摘されて初めて気づくことがあった。アスランはハッとする。 「確かに…言われてみれば、キラが言えばどんなことだって頭に入っていくんだよな〜。何でだろ?」 恋は盲目とはよく言ったものだが、それにしても酷すぎる。つまり…キラがいなければ全く仕事にならないわけだこのバカたれは! しかし…不可解なことが一つだけあった。 「あの新商品…確かに健康食品ですけど効能は美肌効果だったはず………」 「???」 そうだ。水に溶かして飲むと甘酸っぱい乳酸菌飲料のような味になり、これは女性に大受けすると思われたので、包装をコーヒーシュガーのような可愛らしい小包装にしたのだった。 ニコルがそれを無造作に机の上に置いて去ったので(←実際ニコルはくどいほど説明している)、アスランが砂糖と間違えた? キラが「それは砂糖じゃないですよ、社長」と言わなかったから、頭に入らなかった? それにしても、飲んだ人間が手のひらサイズに小さくなるなんて、考えられない。ニコルはアスランを掴んでいた手を離し、ダッシュで隣の部屋に戻った。 「キラさん、キラさん」 「あ、ニコルさん。社長はなんて言ってました?」 「それよりも、キラさんが飲んだっていう紅茶。ヘンな味とかしませんでしたか?」 キラはしばらく小首を傾げ、おもむろに眉をひそめた。 「そういえば少し甘酸っぱかった……かな?」 第10話へ→ 言い訳v:設定がちとややこしいので説明の回です。伝わったかな〜? 次回予告:ニコルの提案した黒い作戦。 |
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