第5話
「………は?」 いきなり変わった話題に全く付いてゆくことができずに、キラは目を白黒させた。 「買い物って…下の売店にですか?社長が?」 アスランはかぶりを振って、笑いながら否定する。 「違う違う。もっと外」 いつもならキラに行かせている。下の売店以外で何か必要なものがあるのだろうか。しかし、今キラはこんな姿なので買いに行かれない。 「あ…じゃ、お気をつけて」 言いかけた途端、またアスランにひょいと取り上げられワイシャツのポケットに突っ込まれてしまった。 「あっちょっと!何するんですか…」 「キラも一緒に行ってくれなきゃ、意味がない」 キラはますます意味がわからない。 しかも、服越しにアスランの体温が自分にダイレクトに伝わってくる。今までにない、非常にヘンな気分だった。 それでも、その上からジャケットを羽織られ、歩き出されてしまえばキラには為すすべがない。今ここから脱出すれば、間違いなく床に激突して、運が良くても彼女は重傷だ。 思いっきりアスランの胸に向かってこぶしを叩きつけてみるが、それも今のアスランには蚊に刺された以上に軽い衝撃で…。 彼はにっこりと上機嫌で1階に降り、受付の女の子に向かって、ちょっと出かけてくると言ってそのまま街中へ出てしまった。 「社長!社長…」 「ん〜何?キラ」 「ホントに出かけるなんて…」 「買い物があるって言っただろ?それよりも、ポケットから振り下ろされないように気をつけておくんだぞ。じゃないと、ズボンのポケットに入れなきゃならなくなる」 確かに男性のズボンの前ポケットは深い。 しかし手のひらサイズになったキラには思わぬ障害が待ち受けていた。ずっぽりはまり込むと正直、熱い。そして蒸れる。でもってさらにはアスランの大事な部分と非常に近い位置になるわけで………。 「それだけは、絶ッッ対にイヤです!」 「そう言うと思って」 しっかり掴まっていろと言い、アスランは歩き出した。 電車に乗って、しばらく歩いて…着いた先は子供用の玩具売り場だった。 「こんなところに何の用が?」 「え?だって、まずここに来なきゃ」 キラには意味がサッパリ判らなかった。だがそれもすぐに判明することになる。アスランが、女児用の人形売り場の前にぴたりと止まったからだ。 「ここ……って…」 「そv小さな女の子向けの、着せ替え人形売り場」 周囲がざわついていた。 確かに端から見れば異様な光景だった。いい年したスーツ姿の男がブツブツと独り言を呟きながら、女児用の着せ替え人形の前で真剣に品定めをしているのだから。 娘へのプレゼントを選んでいる若いお父さんか、はたまたただのオタクか……。近くにいた客の反応はおおかたそのようなものだった。 「これを…僕に着ろと?」 「いつまでもそのままじゃいられないだろ?それに…俺は裁縫は苦手だから」 そうか、とキラは感嘆した。 恥ずかしいのにこんなところまで来てくれる理由。お遣いだって、ニコルあたりに頼めばいいのに、わざわざ自ら汚名(とキラは信じ込んでいる)を被ってくれる真意。 この際、レースふりふりだろうが、フリルがびらびらだろうが一切文句を言わないようにしようと、キラは固く誓った。 ここまでしてくれて、わがまま放題を言ったら、アスランに申し訳ない。ただでさえ、社長にこんなことまでさせているのは自分なのだから! 「ごめんなさい…」 いつもならあり得ない感謝の言葉が、キラの口から自然に出てきた。 「え?」 「ありがとう、ございます。僕のために…」 「キラのためだから。何をしたって苦にならないし…」 言いかけたところに、店員の声が割り入った。 「プレゼントをお探しですか?」 アスランは一瞬逡巡し、そして肯定した。 「まぁ…そんなところです」 そう言って、ポケットに入れたままのキラをさりげなくジャケットで隠す。その意味がすぐにわかって、キラはひたすら動かないまま黙って任せることにした。 今自分が出ていっても、大騒ぎになるばかりか、天下のZRコーポレーションの若社長に、身も蓋もない悪評が付いて回る。 「こう言ったことはよく解らないのですが…、娘が、これくらいの人形を持っていまして…」 「でしたら、こちらのお人形ですね?」 店員がいい方に話を向けてくれているので、アスランはそのままその話に乗ることにした。どうやら、結婚して小さな娘がいると「誤解」されているらしい。 「誕生日が近いので、人形に着せる服を買ってやりたいんです」 よくもまぁ、こんな口から出任せがつらつらと言えるものだ。キラもそう思っていたが、アスランも同様に感じていた。 「でしたら、こちらあたりなどはいかがですか?色々と種類がございますので、ごらんになっていって下さい。デザイン違い、色違いなどもご用意しております」 「そうですね……こちらと、こちら…それとこのあたりも見せていただけますか?できれば色違いも」 「かしこまりました。少々お待ち下さいませ」 どうやら、「買い物」は順調に進んだらしく、アスランはいくつかの服を買って店を出た。 「キラ、もう出てきていいよ」 「もう済んだんですか?」 するとアスランは、う〜〜〜んとしばらく唸った。 「社長?」 「キラ、今だけでいいから俺を名前で呼んでくれないかな?それと、敬語もなし」 「ぇえっ」 引きそうになるものの身動きの取れないキラに、アスランは優しく語りかける。 「ほら俺…いろいろ雑誌の取材とか受けてるでしょ?だから、こんなところでZRの社長だってバレて、無駄に時間取りたくないし。キラのこんな姿も公衆にさらしたくない」 アスランの言うことは最もだった。マスコミにバレでもしたらすぐに応援を呼ばれてもみくちゃにされてしまう。 今日だってしっかり仕事があるというのに、そう言うことは考慮してもらえなくなる。 でも一方で、アスランの下心にも気づいてしまう。 恋人らしいことをしたいだけなのだこの男は!しかも社外で、キラにそう呼ばせるしかない状況を作ってでも。 「今だけ…ですよ?」 「もちろんこれからもずっと、呼び続けて欲しいな〜」 やっぱり! ほぼ間違いなくこれが本音だ。わかりやすいが同時にこんなやり方は姑息だ。 「だったら…「ごめんごめん。今だけ…ね?」 「………解りました。今だけですよ!社長…」 「アスラン!」 「…はぃ。アスラン……」 ある程度予測は付いていたがアスランが鼻に手を当ててつんのめった。キラの眼前を赤い水滴がしたたり落ちる。 第6話へ→ 言い訳v:ま…ずっとハンカチのままというのも…ネ。アスランの理性が保ちませんから(笑) 次回予告:一見優しく見えた社長………だが本性はやはり変態だった!次回で、なんでこの写真にしたのかが解ります。 |
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