わがまま犬のしつけ方!?

第4話

 

 鼻血を拭いて、簡単にシャワーを浴び、着替えて給湯室に向かうと、そこには既にキラはいなかった。


「あれ?キラ?どこ行ったの?」

 返事はない。ないはずだ。

 今キラは裸にアスランのハンカチを羽織ったままの姿。


 そんな格好で見つかってたまるか!というのが、キラの本音であった。

 それでも気づかれないように抜き足差し足で、社長室に向かっててくてく歩いている最中だったのだ。とは言っても、このサイズ。いつもなら簡単に行けるはずが、小さくなってみると距離は長いわ、障害物は多いわで意外に苦戦していた。



「キラー?」


 それでも返事はない。

「キラ、頼むから返事をしてくれないか?今うかつに動くと、君を踏んでしまいそうで困るんだが…」

 そう言われて初めてキラは気が付いた。自分とアスランとの体格差、そして小さくなった自分を気遣ってくれていること。



「しゃ…社長。僕は、ここです」

「え?どこ?微かに声は聞こえるんだけど、よく見えない」


 時として床に無造作に置いてある段ボール箱やら、不要なものが今にいたって迷路のようになっていた。


「左斜め前です」

 と、小さな身体で小さな声で言われても、なかなか気づけるはずもない。



「手を振ってくれ、大きく。このままじゃまるで落としたコンタクトレンズを探しているみたいだ」


 落としてしまったコンタクトレンズ探しの基本………それは今踏んでいる床から足を全く動かすことなく周囲を探し回る。それはまさに鉄則だ。


 キラは仕方なく、アスランに向かって大きく手を振った。



「あ!いた。良かった…踏んだり蹴ったりしなくて」

「社長…」


「おいで、キラ」

 アスランはキラに向かって手のひらを伸ばす。

知らない人が見たら、さわやかな極上のほほえみに、キラは逆に引きまくった。


 何せ今までが今までだ。アスランの手のひらに乗ると言うことは、そのまま捕まえられるということと同義で……。

「おいで。乗って」



「ひ…一人で戻ります」


「何言ってるんだい。ここから俺の机まで何メートルあると思ってるの?それに、着いたところで、床でうろうろされても困るし。どうせ机の上まで持ち上げるしかないだろ?」



「でも……」

 優しい物言いだが、この言い回しに何度騙されてきたことか!キラは最大限の警戒を払う。



「そりゃ、キラの可愛い姿は気になるけど、ヘンなことしないから。机の上まで運ぶだけだから」


「今更ウソじゃないですよね?」

「俺、キラのことすごく本気」


「そぉいう意味じゃないですっ!」

「だって本当に訴えられたり、嫌になって辞められたりしたら困るもん。だから…ね。俺を信じて」


 キラはその紫の瞳で、きらきら輝く青緑の瞳をじっと凝視した。

 疑いは晴れない。


 でも、このままじゃ一人で行動するといっても所詮限界がある。確かに、アスランの言うように、至るところで手伝ってもらわないことには、移動すらままならないのも事実だった。



 意を決して、アスランの手のひらに乗ると、彼は目を細くしてありがとう、と感謝の言葉を一つだけ贈ってきた。そうしてそのまま、手のひらに乗せられ社長の机の上に降ろされる。

 いつも見慣れた光景は、一転していた。


 何もかもがキラには大きかった。何ということはないメモ紙でさえ、今はキラの身体より広い大きさだ。

 ノートパソコンのキーボードに至っては、いつもなら指先で押せるはずのキーが、今はキラの手のひらサイズで……仕事なんて到底できるようには見えなかった。



「どうしよう…」

「と言ってもな〜、キラの言葉じゃないと、スケジュールなんて頭に入らないし…」

「え”?」

「キラが言ってくれないとダメなんだよ。今まで何人も秘書変えたけど、全然覚えられなかったんだ。だから、キラいてくれないと仕事できないし…あ、そこ座って。文庫本の上」

「あ、はぃ」

 数冊無造作に重ねてある文庫本を椅子代わりにして、キラはその上に座った。こんなことすらも、今まででは全く考えられない。

「となると、パソコンはムリだね〜」

「この状態でキーボードなんてムリです」

「だよねぇ。じゃ、画面は?見て読み上げてくれる?」

 キラは思った。非常に常識的なツッコミが彼女の頭を駆けめぐる。

「画面見れば、別に僕が読み上げる必要ないじゃないですか」

「それはムリだよ」

 あっさりキッパリ、まるで何でもないかのようにアスランは堂々と宣言する。

「何でですか!社長だってコーディネイターでしょ?それくらい…」

「コーディネイターだって、得手不得手があるだろう。何度やってもダメだったんだ。キラじゃないと、すっかり忘れてしまうから、ちゃんと毎日俺に教えて」

 それは………得手不得手などというレベルではない。どう考えても、違う。アスランはキラを留め置く口実が欲しいだけなのではないか?そういう懐疑がどうしても拭いきれなかった。その時、アスランが何かに気づいたかのように手をポンと打った。

「じゃぁ、俺が画面を開くから、キラが俺の肩に座って耳元で読み上げてくれればいいんだ」

 と、上機嫌で言われ、キラは飛び上がった。

「嫌です!」

「どうして?一番いい手じゃないか。それにそのサイズでは、ある程度離れないとパソコンの画面がよく見えないだろう?」

 アスランは正しい。その場面だけを取ってみれば。だから、キラには言い返す余地がなかった。

「わ…判り、ました……」



「とにかく、もとのサイズに戻るまでずっと俺と一緒に行動してもらうからね」

「ぇえ〜〜〜〜っ?」

「だって…そうしないと俺が仕事にならないから」

「一人でできないんですか?」

「キラがいないと何もできない」

「コーディネイターのくせに……」

「不得手なんだよ」

「それなんか違うと思います。得手不得手以前の問題なんじゃぁ………」

「とにかく。それまでの間はずっと俺と一緒v仕事はしてもらうし、給料だって減給しない。だいたい、キラのせいじゃないからね。きっと何か理由があるはずなんだ」

「そりゃぁ、そうですけど……。でも本当にこんな状態で仕事になるんですか?」

 キラはひたすらとまどう。今まで何でも自分に頼りきりだった社長の言葉とも思えない。いや確かに意気込みは判るのだが、そうは言っても今までの怠け癖が急に治るとも思えない。

「キラが動けない分、俺が動くから。それよりも、買い物行こう」


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言い訳v:変態なとこしか書いていないけど、この話のアスランは「へたれ」ちゃんです。もそもそと出てくる予定。
次回予告:
次なる目標「名前で呼ばせる」に、アスラン四苦八苦!キラとお出かけ編行きます!

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