第11話
「そうなのか!ニコル。すまないことをした。ニコルだっていろいろと頑張ってくれてるんだもんな」 アスランはピョンと起きあがり、ぐりんと振り向きニコルに笑いかけた(でも営業スマイル)。 その立ち直りの早さにニコルは絶句する。 証拠を目の前で見ることと、自分の頭の中でそれが理解できるかどうかは、別問題だと言うことがよく解った。 「あなたって人は…(怒)」 「ぅん?何?」 「ホンッットに、キラさんの言ったことしか頭に入っていないんですね!」 ニコルの怒りのまなざしを、どこか別の風景のように眺めながらアスランは神妙な面もちでう〜〜んと唸った。 「それがなぁ、自分でもヘンなんだけど分単位のスケジュールを、朝どれだけまとめて言われても、よく覚えてるんだよなぁ〜それで…」 ニコルは学習した。 必要な返事は最初だけで、そのあとのセリフはどうでもいい、全くもって不必要な内容であることに。 特に途中から「and」とか「but」「if」などの言葉が入れば、間違いなくアスランの感情は暴走している。 彼の暴走を止めなければ、この会社は潰れる。自滅と言った方が正しいか? 「それで!この間から僕が散っ々、あのサンプルは水に溶かして飲むんですよ、と言ったことはきれいサッパリ頭から消去されていたと……?」 そうだ。全ての原因は、アスランがニコルの話を全く聞いていなかったことに起因する。それさえなければキラが手のひらサイズになる事故もなかったわけである。 これは完全に「社長の責任」だ! 「知らないさ!全然覚えてない。ニコル、本当にそんなこと言ってたっけ?」 あ然ボー然…もうここまでくれば言葉も出てこない。 「ちゃんとニコルが言ってくれてればこんなことにはならなかったんだろ!だから俺の可愛いキラが…「うるっさい!黙れ!」 「ニコル……?」 そうだ。これだ! 途中で誰かが遮れば、アスランは正気に戻る! そしてそれを最大限に利用(悪用)できるのはキラだった。 キラが秘書になって以来、なぜか急に業績が上向きになった。それはアスランに極端にやる気がでてきたからである。その本当の理由も、今判明した。 でもそれは、裏を返せばキラが離れられないと言うことでもあった。 「僕があれだけ!散っ々!事あるごとに、くどくどネチネチ言ってたでしょうが〜〜〜〜っ!!!」 ニコルの激怒は、社屋を震撼とさせた。この時、社内にいたほぼ全ての人が、地震が起こったものと勘違いしたらしい。 「とにかく、良いですね!この新製品は、絶対にお湯に溶かさない!それを飲まない!判りましたか?」 「うん…わかったよ。うるさいなぁ」 解ったと言いながらもアスランの態度は「耳にタコ」状態だ。 まさにこれなのだ。人の話を全く聞いてない原因は! 「うわの空で聞かない!念押ししないとこのトリ頭には理解できないんですかッ!もう、キラさん、お願いします。こんなボケ若人でも一応は社長ですからねッ」 「ひどい〜〜〜〜っ!ニコル!酷すぎるぅう。こんなに頑張ってるのに…みんなのために、キラのため…」 ここだ! 途中で変化する内容を遮って、元に戻すタイミングはここだ! ヘンなことを自由に言わせずに、仕事モードに戻させる。これは、まったくもって重要な職務だった。 そして常識的に考えると、普通全く必要ない処世術だった。 「社長…」 それは、非常に効果覿面だった。キラが一言アスランを呼ぶと、彼の頭は全神経をキラに集中させた。 これほどの集中力とやる気があればもっと、この会社は儲かっているのに……と、ニコルは脳内で営業利益をあら計算する。 「これね、ニコルさんのもってきたこれは、お湯に溶いて飲んじゃダメですよ」 小さなコーヒーシュガーサイズの新商品も、今のキラには大きかったが、彼女はそれを一生懸命両手で抱え、会議用テーブルの上から説明する。 「うんっv判ったvお湯じゃダメなんだよね、キラ。ありがとう!」 「お水ですからね」 それでも怖いので念押しする。 キラがこんな姿になった今、のどが渇けばアスランが自分で作らなければならない。まかり間違って前回の轍を踏めば………キラサイズのアスランが即席でできるというわけだ。 それでは役に立たないばかりか、ヘンなところをうろちょろされて大変迷惑きわまりない。 「うんvお水っ」 終始ニコニコ顔のアスラン。ご機嫌すぎて、話をちゃんと聞いているのかどうかさえ怪しい。 ところがこんな状態こそ、すばらしく頭に入っているのである。事実は小説より奇なりとはまさにこのことだった。 そして小説よりも不思議な事態はどんどん起こっていった。 それは当然のことながら、キラの急な縮小化で、いつもキラがしている連絡等を、全てアスランやニコルがしなければならなくなったからである。しかも普段行かないような場所がへたれに解るわけがない。 結局キラを肩に乗せて、社内をうろつき回る社長の姿がそこかしこで見られ、それはすぐに「怪奇現象」として噂が回りまくった。 「キラ…疲れたよぉ。歩きまくってくたくた……」 普段あまり歩かないアスランが急に歩き回るものだから、疲れは倍だし足も痛くなる。 「でも社長、さっきまであんなに元気そうだったじゃないですか?」 「そりゃそうだよ!だってキラが肩に乗っててくれるんだもんv」 やせ我慢だったというのだ。 つまり…自慢のためなら何だってできるらしいこの男。 恐るべき執着心である。 普段全く姿を見せない社長が頻繁に顔を出し、キラに言われて仕事だけをこなし、キラに言われてご機嫌で去ってゆく。ここまでくれば滑稽というより、怪奇現象だった。 仏頂面しかしない人間の笑顔を、何の心構えもなく見せられたときのあの何とも言えない恐ろしさ、例えて言うならそんな感じだ。 なまじっか顔が良いだけに余計違和感がする。そんなことを露ほども知らないのは当人ばかりだが。 「ねぇキラ。そろそろ着替えない?メイド服も萌えるんだけど、このね…お姫様ドレスも見たいんだよね〜」 「ダメです!これで良いんです」 「可愛いのに。絶対キラに似合うって思ったのに…」 「社長!」 「うん?」 「僕がこんなになったのは社長のせいですけど、そのせいで社長の仕事が増えたんだから、テキパキとお仕事しましょうね」 「え〜〜〜。つ・ま・ん・な・い!」 「早く終わらせないと、泊まりがけになっちゃいますよ」 「それは嫌!」 「なら頑張りましょうよ」 「うん。判った。キラがそう言うならv」 この時キラは、アスランの魂胆に気づいていなかった。 第12話へ→ 言い訳v:まさに『ガリバー旅行記』状態。今回のコンセプトであります! 次回予告:アフター9は危険なカホリ?本日のお泊まりはどっちだ? |
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