わがまま犬のしつけ方!?

第1話

 

 この不況下、職なんてそうそう選べるものじゃない。

 数え切れないほど回って、唯一拾ってもらえた…というより、なぜこんな大会社に受かったのか未だに理解不能ではあったが、社長秘書として働きだして早数ヶ月。


 会社に向かうキラの足取りは重かった。



「行きたくないよぉ……」


 とは言っても、就職を機に親元から離れて一人暮らし。


<いい加減親離れしないとね。いつまでもすねかじってるわけには行かないんだし、頑張るから大丈夫!>


 とか大きなこと言って、胸を張って出てきたのが恨めしい。目下、唯一の話し相手の鏡に向かって、ブツブツと不平不満を垂れる毎日だった。




 ぴ〜ぴぃぴ〜〜ぴぴぴぃぃ〜〜〜、ぴ〜ぴぃぴぴぴ〜ぴぴぃ〜〜〜ぴ〜〜。
(←『種』名曲:正義と自由スキャットで)

 最終警告。これが最後のアラームだ。これを逃すと、電車に乗り遅れてしまう。



「行きたくないけど、行かなきゃダメだよね?僕…」


 ああっ今日こそは何事もなく無事に過ごせますように!


 一介の会社員がするようなお祈りではないが、鏡に向かって強く念じて狭いアパートの部屋を出た。トボトボと駅に向かって歩いていたら、全く運がないのか始業時間に間に合う最後の電車は行ってしまった。


「ああっ!しまった………」



 キラの顔は見る見るうちに青ざめる。この時間じゃ、タクシーを飛ばしたって間に合わない。

 最悪の事態を、キラは想像し…それが想像の範囲でないこともよく知っていた。



 その頃、ZRコーポレーション。キラの就職先である。その社長室で、一人の若い男が、わがままを言っていた。


「キラ……遅い…」

 年の頃は20代前半といったところか。すらりとした長身に、白い肌。黒に近い藍色の髪をつややかに揺らして、ただ青緑色の瞳が何かを探して苛ついているようだった。端から見れば完璧な青年。

 どこをとっても欠点などないように思われた………が!


「俺に肌の一つも触らせずに会議に行けというのか!キラは!」



 口さえ開かなければ、まさに理想の男性像なのであった。


「フツー秘書の肌なんか触ることなく、会議に行かねばならないと思いますけど?」

 近くにいたニコルがぴしゃりと言う。

 今日はどうも彼女が来ないので、どうしたものかと思って社長室を訪れたら、何とこういうことであった。


 キラ、久しぶりの遅刻!



「日課なんだ」

「ソレ思いっきり間違ってますから。キラさんが来ようと休もうと、はたまた遅刻しようと会議は9時に始まりますからね。ちゃんと来るんですよ」


「そうはいくか!キラが遅刻となれば、彼女に言って聞かせるのも俺の仕事だ」

 ニコルはじろりとアスランを見やり、長い溜息をついた。


「言ってることとやってることが全く違うから問題なんでしょ!あのですね、言っておきますけど、社長といえどもアスランのやってることは、思い切りセクハラですからね!そのうち訴えられますよ?」


 そして、毎日の応酬が始まると、ニコルは思う。

「バカを言うな!キラだってOKしたんだ。個人の恋愛に口を挟むなよ」


 瞬間、アスランは卓上にあった雑誌で頭をはたかれた。なんだか、ぐきっと音がしたような気が……。



「それが混同してるって、いつも言ってるでしょう!もう、あなたって人は!いいですか?今朝はキラさんのことはすっかり忘れたと思って、ちゃんと9時前には会議室に来るんですよ!」



「せ…せめて、キラが来るまで……」

「そしたら今度はあなたが遅刻でしょうが!全くもう、今日は大事な新商品の社内発表があるというのに」

「ぅあ!イカン!忘れてた。何だっけ?ニコル」


 アスランの隣でニコルは頭を抱えた。これも、いつものことだ。

 有能で、頭の切れもいいのにこの男、どうしてキラのことになると全てがブッ飛んでしまうらしい。



「例の健康食品ですよ。あれ、アスラン欲しいって言ってたじゃないですか!」

「ん〜〜〜そぅだっけ?キラいないからかなぁ、あんまりよく覚えてない…」



 ぱこぉん!



「とぼけないでください!もう、サンプルここに置いときますからね。あとはよろしく!」

 念には念を入れてニコルは、持っていた雑誌をくるりと丸めて、もう一度アスランの頭を殴り倒した。でもってそのまま、時間になるので先に行くと言って部屋を出ていってしまった。


 10分後…。


 15分後……。



 「キラが…来ない……」

 そうして彼は机に突っ伏したまま泣き出してしまった。未練がましく、キラ、キラ…と言いながら。



 さらに5分経過。

「キラの顔を見ないと、仕事する気になれない…。あ〜せめて顔だけでも見られないかなぁ」


 ぐすんぐすんと泣きながら、紅茶に手を伸ばす。

 昨日、愛用のコーヒーを切らしてしまって、キラが保険に置いて帰った紅茶のティーパックしかなかったからだ。寂しさ全開で湯を沸かし、ティーパックをふるふると振ると、きれいな紅茶が即席で出来上がった。


「あ、砂糖砂糖…」

 コーヒーはブラックでも飲めるが紅茶はそうはいかない。アスランは目の前にあった可愛らしい紙袋の封を開け、中身をサラサラと注いだ。

「あれ?コーヒー用の粉ミルクだったのかこれ…」

 まぁいいや、と思い口を付けようと手を伸ばしたら内線でニコルに呼び出された。



「ぐす…ぐすん……」


「……………。まだ泣いてるんですか?相変わらず鬱陶しい人ですね。9時ですよ。会議始まりますよ!すぐ来てください」


「でも、淹れたばっかのお茶…」

「そんなものはどうでもいいから!あとからいくらでも飲めるでしょ!」



 アスランは涙をこらえた。一生懸命こらえた。


 そして、淹れだちの紅茶に向かって、

「ごめんねキラ。本当は熱いうちに君を頂きたかったんだけど…ニコルがうるさいんだ。アイツを怒らせたら怖いから。でもっちゃんと戻ってくるからね!俺を信じて待ってて!」

 と、切ない表情で必死に訴えかけた。ちなみにニコルが、内線の向こうで呟いた独り言は、アスランには届いていなかった。



「聞こえてるんですよ…へたれ変態………」


 涙を飲んで、有能だが非常にオカシイ若社長は、重要な会議に臨んだ。そして、入れ替わるようにキラが遅刻してきたのだった。



第2話へ→

言い訳v:やったぁあ!第1話からへたれ変態大爆発〜←何のこっちゃ(笑)写真は、うちの犬(わんこべやのあの子ですv)の為に、せっせと買いためたリボンコレクションの一部。犬のリボンってこんな可愛いんですよ!
次回予告:
アスランはいてもいなくても真症の変態だった。キラ、早くもギリギリ大ピィ〜ンチ!!!!!

お読みいただきありがとうございました。ブラウザバックでお戻り下さい。