Please sit my side.

 

第9話 「愛しのお姫様が、泣いてるぜ。お前いなくて淋しいってさ」



 キラは混乱していた。

 無理もないだろう。記憶を思い出せないうちに両親に入ってこられ、キラからすればさぞ訳のわからない話なのだろう。



「判った。エミリア、今アスランのやつ連れてくるから」


「本当?ぁあのねっ僕、アスランにひどいこと言っちゃったけど、ごめんって…伝えてくれる?」



 キラは、唯一の味方にすがった。ラスティはシンに目配せをして、ヤマト夫妻をこの部屋から連れ出すよう指示する。


「それはキ…エミリアから直接言ったほうが、あいつは喜ぶぜ」

「うんっv」



 ぱぁっと笑ったキラの満開の笑顔に、ラスティはアスランの一目ぼれの原因を知った。



「ヤマトさん、彼女はまだ混乱してますので、落ち着くまでしばらく近くの談話室に…」


「ええ、すみません。また、来るからね、キラ」



「だから違うってば!」





 シンがヤマト夫妻を談話室に誘うのを見届けてから、ラスティは部屋の内線からアスランを呼び出した。


「アッスランv愛しのお姫様が、泣いてるぜ。お前いなくて淋しいってさ」


 受話器の向こうからかすかに、すぐ行くっ、と弾んだ声が聞こえ、そしてなぜか物が落ちたり割れたりする派手な音が聞こえてきた。



「じゃぁな。キューピッドの仕事はここまで。後はアスランと心ゆくまで話しな」

「ありがとうございます!え、ぇえ〜と……」

「ラスティだ。ラスティ・マッケンジー」

「ラスティーさん!」





 部屋を出るとラスティーはすぐさまシンとヤマト夫妻を追いかけて談話室へ向かった。

 中では夫妻がいまだに信じられないといった様子で、娘のことを心配している。



「あ、先輩」

「どこまで話した?シン」


「いえ、何も。俺もザラ先生が休みだって事で、急遽入ったばかりでしたから」



「そっか。他に彼女が知ってる医師は?」


「エマージェンシーで処置に当たったのが、エルスマン先生で…ウワサによると外科のジュール先生が関わってたという話を聞いたことがある程度で、俺もよくは知らないんです」





 ラスティはさすがに首をひねった。

 イザークとアスランは仲が悪いというわけではないのだが、昔からどちらかというとケンカ仲間で、重要なオペぐらいでしか見たことがない。


 そしてここにディアッカを呼ぶのはためらわれた。アスランはディアッカに彼女の事を知らせていないに違いない。なぜならば、もしディアッカが知っていれば、面白半分に誇張した話を院内に流しまくって、今頃大騒ぎになっているはずだ。



 確かにアスランはラスティら男友達から見れば単なるへたれ変態だが、整った容姿と患者には柔らかい物腰で院内外から絶大な人気がある。



(この病院の回転率がいいのって、ほぼあいつのせいだもんな……)



「オーケイ!判った、俺から説明しよう」


 とはいっても、ラスティだって今今さっき聞いたばかりの話だ。しかもへたれと泣きべそ付で。





「すみません。お待たせしました。ヤマトさん。実は半月ほど前にキラさんがここへ救急搬送されました。交通事故で、打撲と骨折があったのですが幸いにも相手の方がすぐに救急車を呼んでくれたので、当方としては助かっていました。ところが…」

「事故のショックで、キラは記憶を失っていた…というわけですな?」


 ハルマが続けた。母親は神妙な表情で、ラスティの話に耳を傾けている。


「こちらとしても、いろいろ支障が出ますので、仮にでも名前をつけさせていただくことになりました。そのとき救命室で彼女の治療に当たったのが、脳外科のザラだったんです」


「脳外科の先生…」



「きっと彼は彼女が好奇の視線にさらされることを憂えたのでしょう、個室での入院を斡旋し、とりあえず彼女を自分の妹という立場にして、彼女の治療に当たっていました。身寄りのないと思い込んでいた彼女が、担当医に心許すなど、よくある話です」


「それで…今でも何も思い出せていないわけですか」



「通常は一時的健忘が現れるだけですので、時間がたてば思い出すものです。こればかりは待つしかありません」

「すみません。私たちも必死になって探していたんですが…」

「それは仕方ないです。こちらもエミリア・ザラで登録しておりましたので」



「それで…退院はいつごろになりますか?迎えに行かなければなりませんし、お支払いもあります」


「そのことにつきましては、今娘さんの部屋に担当医が来ておりますので、後ほど直接お聞きください」





 一方、アスランはいつもの個室の前で戸惑っていた。


「キラ・ヤマト?」



 いや確かにこの部屋はここのところ毎日のように訪れていた、エミリアの個室だ。


 プレートが変更されているということは、本名が判明したのだと、容易に想像がついた。いつものように扉を開けると、そこには想像したとおり愛しいエミリアが自分に向かって微笑みかけていた。

「アスラン!」


 キラが嬉しそうに笑っている。ただそれだけでアスランは天にも昇る心地だった。

 ふと見ると一生懸命自分のほうに来ようとしているので、さすがに慌てた。



「まだ治りきっていないんだから、今動いちゃだめだろう?」

「でもアスラン…来てくれた……、今朝僕がアスランからの話を断っちゃったときから、アスランおかしくて…ずっと……すごく心配してて……」

「うん、心配かけてごめんね」


「僕こそごめん。なんか、僕の親とか言う人とかが急に来て、変なこと言うもんだからびっくりしちゃって…」


「え?思い出したんじゃなかったの?」



 アスランは目を丸くした。



「僕アスランしか知らないのに……」


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言い訳v:そろそろ「キラ」と呼ばせなくっちゃね。アス×キラじゃないんで(笑)

次回予告:「キラっ!お前も一緒に恋ッ!!!」で、行っちゃうキラ。とんでもない事態に慌てふためくキラ。『〜2』さえ書かなければ、ホントに最終回だったのにな〜(苦笑)

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