Please sit my side.

 

第8話 「アスラン!アスランはどこ?」



 すぐ隣で、女の名前を呼びながら泣き崩れている男がいる。

これがあのクールで、女性職員の憧れの的の脳外科医アスラン・ザラなのかと思うと、ラスティはこの世のすべてがまやかしのように見えてくる。





「変態だよな…コイツ……絶ッ対、変態だよな………。どうして女ってぇのはこんなへたれ変態がかっこいいなんて思えるかねぇ…」


「……リア、考え直してくれぇ〜。俺は、俺は本気なんだよ。忘れられないんだ君が〜〜〜」



「うっとぉし〜〜〜〜〜いッッ!!!!!」


「俺だけに向けられた君の笑顔を…俺は、もう見ることができないっていうのか?君は、もう俺の事なんて好きじゃないのかな?俺はこんなに好きなのに……」


「へたれるだけならよそでやってくんね?部屋が湿っぽくなる……」



 まさに、部屋中からキノコが生えてきそうな勢いだ。空調が効いてるにも関わらず湿度がどんどん上がっていってるような気がする。





「だ…ダメだ……俺、君が俺以外の男に笑顔を向けるだけでも、耐えられないッ!もう一度…もう一度だけでもいいから、俺だけのために笑ってくんないかなぁ〜〜〜」


 的確な足蹴りがアスランの後頭部をヒットする。

 あまりの湿度の高さに耐えられなくなったラスティは、腕を組み、高みからアスランを見下しながら喝を入れた。



「そんなこと言って!いつまでも俺んとこでへたれてんな!お前がほれ込むような可愛い子だったら、今頃他のヤツが声かけてるかも知んねぇじゃんかよ」


「それだけはダメだぁあっ!冗談じゃない!もしそんなやついたら俺が…ッ」



 ラスティの喝に一時的に復活(?)したアスランは、彼の胸元を引っつかみ乱暴に揺さぶる。

 だがソレはどこからどう見ても、単なる嫉妬だった。





「変態は黙ってろ!」

「でも……」


「とにかく俺に話を預けてみないか?俺が彼女と話してみっからさ。お前には話せない本音とかも聞けるかもしれないじゃん…」


「そ…そっか、そう、だよな。頼む」



「……で、そこまで大事な彼女の名前は?今どこにいんの?」


「ここの、病室……518号室の、エミリア・ザラ」



 天変地異が起こったかと思われるような大音響を確認した後、ふと視線を落とすと、床にめり込んでいる超エリート医師の姿を確認することができた。


「別れてていいじゃんか!」

「それだけは嫌だぁあ〜〜〜ッ」


「お前の身内だろうが!」



 そこまで言われてアスランははたと気がついた。そうだ、確か基本的なことをラスティには説明してなかった。


「いや違うんだ。こないだ急患で入ってきて、事故による一時的健忘みたいだったけど、名無しじゃ都合が悪いからとりあえず適当に名前決めて、俺の妹ってことにして…」

「ハァ?お前が?珍し〜〜〜〜〜」


「本当に名前から住所から何も思い出せなくなってるらしくて…それでも入院費の支払いのこと気にしてたからつい……」



「そういやそんな急患入ったって耳にはしてたけど…」

 ここ二、三日、看護師やジュール、エルスマンあたりが騒いでたのは知ってたが、その関係かとラスティは想像する。

 それは大筋において正しかった。目の前の腐れ縁野郎は、湿っぽさを全開にさせてなおも続ける。





「あんな可愛い顔して、一生懸命になって…働いて返すって言ってて。後でもいいって言ったのに、聞かなくて……」


「…で、胸キュンと来ちゃったわけだお前さんは……」

 ラスティはここに至って初めて認識した。これは…いわゆるノロケだと。



「わ〜かったわかった!とにかく俺が行って、本当のところを聞いてきてやるからお前はここで待ってろ」

「俺も行くぅ〜〜〜」


「やめとけ!今お前が行っても逆効果なだけだ。ただでさえ湿っぽいんだから、院内でうろうろするなよ!他の患者に悪影響が出るだろうが!」


「何で?」



「この期にいたって判らんと言うか貴様は!お前はなんも気づいてないかも知んねぇけど、お前さんはここでは一種のアイドルなんだよ。こんな変態にでも恋心を抱いてるやつはごまんといるんだ。そんなお前が女性問題で悩んでいると知られたらどうなる?治る病気も悪化して、病院は大迷惑だ!」

「まさか!」



「とにかく俺が帰ってくるまでここに居ろ!いいな」


「う、うん」

 ラスティの迫力に押されて、アスランはしぶしぶ部屋での待機を承諾した。





 へたれ変態を部屋に残し、ラスティはキラの部屋に向かう。と、朝からさびしかった部屋はにわかに活気付いていた。


「何だコリャ」


 まずはじめに確認したのは、研修医。この度医師免許を取ったばかりの大学の後輩、シン・アスカだ。

 そして、ここのところ見慣れない男女が一組。話の内容から察するに、両親のようだ。ところが当の彼女は、アスランから話を聞いていたとおり、まったく記憶がないらしい。

 不安そうな表情でただ、おどおどしていた。





「シン、どうした?」

「あ…先輩。どうやら彼女のご両親のようなんですが、彼女の記憶がまだ戻っていないらしくて」


「ご両親…」


「急患で入ってきたときに、彼女の記憶がなかったし、所持品も財布しかもっていなかったらしくて、身元確認が遅れてたんですよ」

「それで…エミリア・ザラ、か。彼女の本当の名前は?」


「キラ…キラ・ヤマトさんというそうです」

 そりゃ、わかんないわな…と少々同情しながらラスティはキラに話しかける。





「キラさん…ご両親、判る?思い出せる?」


 キラは泣きながらかぶりをふって否定した。



「違うもん!僕そんな名前知らない!この人たちも知らないっ。帰って!いきなり入ってきて、訳わかんないこと言って!アスラン!アスランはどこ?」


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言い訳v:「アスラン!アスランはへたれ!!」

次回予告:ラスティはこの病院の救世主?ちょっとキューピッドなラスティさんv

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