第7話 「昨日まで有頂天だったと思えば、今朝はうって変わってボケ老人かよ」
「ごめんなさい。やっぱ僕気が動転していたんです」 いつものように夜勤終了後、真っ先にキラの病室に直行し、ベッドサイドで幸せな睡眠をむさぼっていたアスランが、起き抜けに言われた言葉がそれだった。 急速に青ざめてゆくアスラン。その姿を見てキラはいささかなりとも、罪悪感を覚える。 しかし、そんな程度で心が揺れていては、自分のためにも相手のためにもならないのだろうと、ありったけの勇気を振り絞った。 「エミ…リア……、何…言って……」 「先生とお付き合いするお話、あの時は確かに僕だってちょっと嬉しくて…いいよって言っちゃったんですけど、よくよく考えたら雰囲気に流されてただけなんじゃないかって…思って……それで…」 「エミリアは…俺が嫌いになった……?」 見るからに息も絶え絶えなアスラン。 「そんなんじゃないんだけど、よく考えてよアスラン。アスランだって、将来があるわけだし…これってどう考えても熱に浮かされてるみたいで……」 「エミリアに振られたんじゃ、ほかのどの人と一緒になっても同じだよ。どうせ俺は人生のためとか言われてつまらない女と、形だけの結婚をして…そして老いていくんだ……」 昨夜のはしゃぎようが一転。院内憧れのアイドルは、どうしようもないほどにへたれていた。 「そんな大仰な……」 「ヤダ!エミリア以外、みんな同じ顔に見えるし」 「大丈夫だよ、もっと…僕なんかよりはるかに、きれいで賢くて…アスランのことだけを考えてくれる人いるって!ね?もっと素敵な人と出会えるかもしれないじゃないか」 「………無理…それは無理………」 「アスラ〜ン、頼むから冷静になって考えて?ね?もう一度、ちゃんと考えてよ。僕じゃアスランにとって何の役にも立たない、お荷物かもしれないじゃないか?」 「もう…そばにいることもだめなのか?俺はエミリアの笑顔はもう…見られない?」 「そんなことないってばぁ!だからお付き合いのお話だけお断りさせて、後は普通に………ぇ?」 キラが言い終えるのを最後まで聞くことなく、アスランは心底憔悴しきったようにうなだれて、この個室を後にした。ふらつく足取りが重く、キラの心にのしかかる。 「言い過ぎちゃった…訳じゃないと、思うんだけど…」 抜け殻のようになったアスランが去っていった、病室のドアに視線が釘付けになっていると、すぐに看護師が入ってきた。 「おはようございます。エミリアさん。今日もいい天気ですね」 「う、ん。天気はいいんだけど…アス……ザラ先生が……」 「何かあったんですか?なんかすっごい、あからさまに落ち込んだって感じだったんですけど……」 「ぁ…いや、大したことじゃないんだけど、急にあんなになっちゃって…」 「そうよね、確か昨晩までは今までにありえないほど上機嫌だったですし」 「え?」 看護師もさすがに不思議そうな表情をしている。そりゃそうだ。一番訳が判らないのはキラのほうなのだから。 「昨日も夜勤だったんですけどね、あまりに機嫌がよすぎて内科の先生が迷惑してたとか、救急救命の処置スピードが神業並みに速かったとか……」 「何ですか…ソレ」 「今朝行った緊急手術なんかも…数時間かかるところを45分で終わらせちゃって…。そりゃぁまぁ輸血量は少なくてすむし負担は少ないしでお互いよかったんだけどね」 「い…今の感じじゃ……マズイですよね?」 女の予感は往々にして的中する。 「まぁ、2日連続の夜勤明けで、今日一日は久しぶりに取れた休日みたいですけど……ちょっとあの様子じゃ心配よね」 「……………………」 簡単なバイタル・チェックをしてもらいながら、心底心配している看護師の話を聞き、キラの視線はどうしても宙をさまよった。 「はい、心拍数、血圧ともに異常はないです。今日もたくさん食べて早く元気になってくださいね」 「あ…は、ぃ……」 その日は、本当に休日だったらしく、アスランはキラの病室を訪れることはなかった。 これまでなんだかんだ言いながらべったりだったために、いくばくかの寂寥感がキラを襲う。たまに看護師がくる以外は、ずっと一人で…なんとなく、落ち着かなかった。 その頃…アスランはまさに廃人同然になっていた。 「何なんだよお前は!昨日まで有頂天だったと思えば、今朝はうって変わってボケ老人かよ」 腐れ縁たるラスティの現実的なツッコミが、アスランの心に容赦なく突き刺さる。 「ラスティ〜〜〜、俺は…俺はもうダメだぁあ〜〜。俺の人生、もう終わってたんだ。俺…そんなことにも気づかずに……嬉しくって、バカみたいに…はしゃいでて……」 「あのなアスラン。何があったかわかんねえと、俺も慰めようがないのよ…」 「一生をかけた恋だったんだ…。出会った瞬間…俺の一生ってこのためにあったんじゃないかって言うくらい、最高の出会いで……」 「……で、お前ほどもあろうやつが振られたんだな?何年続いてたんだ?」 アスランから出てきた答えに、ラスティはわが耳を疑うことになる。 「16時間…」 ただでさえ廃人同然だったアスランは、ラスティ・マッケンジーに完膚なきまでに叩きのめされた。 「からかってんのか?お前は!」 「大マジ。告って…返事をもらって……夜勤明けたらいきなり……」 第8話へ→ ****************************** 言い訳v:なんか、頭ん中でミゲルとラスティがごっちゃになってる…秋山だけですか? 次回予告:アスランへたれ編→ところが、キラの周囲がにわかに騒がしくなり、急展開の予感! |
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