Please sit my side.

第4章

 

第6話 「俺はね、人並みの暮らしの中で、人並みの幸せが欲しかったんだ」


「結局ね、最終的に住む部屋をね最初から買っておく方が一番安上がりなんだよ」


「そりゃ………そうだけどーーー」



 しかし、若いうちからそうそうこんな億ションなんて購入できるはずがない。世界で有数の大企業の御曹司だから、今引っ張りだこの脳外科医だからこそできる離れ業ではないのか。





「一人の時はね、貧乏で苦労したんだよ」


 そうは言っても、到底信じられる話じゃない。


「だって、アスランは…」

 言いかけて遮られた。


「学校行ってるときは自分が持ってる口座を切りくずす生活だったから、贅沢なんてできるわけじゃない。最初はとまどったけど、すぐに慣れたよ。結局その中から学費やら生活費やら出して、足らない分はアルバイトして稼いでたから」


「アルバイト………?」



 キラは意外な答えを聞いたと思った。普通グループ企業の御曹司なら、考えられない話だった。


「母が父に黙って俺の口座を作ってお金を貯めててくれたのを知ったのは、ずっと後になってからなんだ。だからここも本当はね、後から入ってくる給料を当てにして…買ったときはその月の生活費どうしようかと思ったくらい」


 キラはアスランの膝の上で神妙に考え込んだ。今まで何一つ苦労せずに過ごしてきた人間だと思っていた。


 貧乏など、知るよしもないと。

 けれども、説明されてみればなまじっか自分のほうがマシだったと思えることもあるほどで。



「だからね、今でも俺一人ではあの家に帰れないんだよ」

 そう、彼は苦そうに笑った。


「でも、これからは帰れるんでしょ?アスランはもとの御曹司さんに戻るんだ…」


 寂しそうにつぶやいたキラの言葉。しかしそれすらも、アスランは裏切った。



「戻らないよ」

「え?」


「父の跡を、継ぐ気なんて俺にはないから。と言うより、俺にはできないよ」

「アスラン…?」


「自分でも判るよ、その器じゃないってことくらい。だから、手にしっかりした職を付けて、一日でも早くあの家を飛び出したんだから」

 とりあえず医者にでもなれば食いっぱぐれることもないし…と言ってアスランは笑った。


「でも…そしたら、どうするの?」



「ま〜母は俺とキラの子供に期待してるみたいだけど。俺が言うのも何だけど、合わないものは合わないさ。総帥の地位を強要もできない」


「そりゃ…そうだけど………」



 言いながらキラは逡巡する。自分にそんな大それたことはできそうにない。でも、知れば知るほど目の前の彼を愛おしいと思う気持ちは強くなっていく。


 側に…居たいな、と思う。





「俺はね、人並みの暮らしの中で、人並みの幸せが欲しかったんだ」

 背中にぞくっと来るような温かさを感じ、耳元でそうささやかれた。


「だからね、その気になればあの家を捨ててもいいんだ」


 そんなこと言ったって……。



「だからキラ、ここにいて。ずっと俺の隣に座っていて」

 キラは心の中で彼の言葉をくり返す。


−sit my side−


「ホントは、わがまま言えるなら僕だって側にいたいよ。他の人なんてヤダ。考えられない」


 再び耳元に熱い吐息が触れた。

「それは逆。お願いするのは俺のほう」


「……ふ、ぁ………っ」



「グループの総帥を継ぐ気もないし、無理してまで医者の世界で出世しようとも思わない。ただ、キラが側にいてくれて、一人くらいは子供が居て……そんな普通の家族が欲しいだけなんだ」


「アスラン……」



「キラは、出世欲のない小さい男は…嫌い?」


「……………」



「答えて?」


 しばらくアスランの瞳をまじまじと見つめ、キラはぽそりと言った。



「……いじわる…」


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言い訳v:こんな掛け合い、このシリーズじゃないとできないな、と後から気づきました。もったいないコトしなくてよかった←?
次回予告:このシリーズはエロ風味。あくまでも「風味」ですよ?

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