Please sit my side.

 

第3話 「俺の恋人になってくれる?」



 この個室にいると静かだった。

 病院というものは案外遮音性に優れているとキラは思う。

 アスランと違い自分は朝までぐっすり寝たので、時間の経過とともに退屈してきた。TVも観てもいいよと、カードも貰ってはいるが、とうていそんな気分にはなれなかった。


 あまりの退屈に耐えかねて、キラは手元のスイッチを操作し日の光差し込む窓を少し開ける。初夏の暖かいような涼しいような気持ちのいい風が、穏やかに室内に入ってきた。



「あー気持ちいいかも〜」


 どうにも身体が自由にならないので、首だけを窓の方に向けて、少し花の香りのする風を気持ちよさそうに浴びていると、見舞客らの話し声が聞こえてきた。

 別に他人の話を盗み聞きする気はなかったので、ほとんど聞かずに心地いい風だけを感じていたら、そのうちにアスランの話が出てきて、びっくりして自分でも気づかないうちに聞き耳を立てていた。


 どうやら噂しているのは、同じ病院で働く看護士姉妹のようだ。お昼の弁当を外で食べているのだろうか。





「最近ザラ先生ご機嫌よねぇ。何かあったの?あんた知ってる?」

「さぁ〜?でも内科のエルスマン先生が、ジュール先生に泣きついてたのは知ってるけど」


「ナニそれ?」

「ん〜何でも夜勤の関係で、仮眠してたザラ先生を起こしに行ったらしいんだけどね、自分じゃ無理だと言って替わってくれって…そんな感じだったと思うけど」



「全っ然わかんないわよメイリン…」


「私だって忙しいもん!全部なんて聞いてる暇ないよ」

「身体は遙か彼方でも、聞き耳だけは立てときなさいよ」



「ソレできるのお姉ちゃんだけだから」

「あっそ!…で、それだけ?他には知らない?」


「ん〜それでかなぁ。私ザラ先生がジュール先生に張り飛ばされてるとこ見ちゃったんだよねー」



「まっすますわかんない!」


「あ!でも、こないだ受け入れた急患いたじゃない?すぐに名前が載らなかったからヘンだなって思ってたけど、今日見たら先生と同じ姓だったよ」

「ええ〜〜〜?ザラ先生って結婚してたの?確か独身じゃなかったっけ?」



「あのねお姉ちゃん……先生に結婚指輪ないでしょ?それに、脳外科なんて特に忙しくて出会いってないじゃない。第一結婚なんてしてたらとっくに病院中大騒ぎになってるって」



「そう…そう、よね?じゃぁ家族とかかなぁ?お母さんとか?妹さんとか?きれいな人なんだろうな〜〜〜。恋人って線じゃぁなさそうよね。だったらまだチャンスある訳かぁ〜」



「お姉ちゃん…ザラ先生のこと好きだねぇ」


「アンタもでしょ!ザラ先生はみんなのアイドル!目の保養目の保養v」


「あ、そろそろ昼休み終わるよ」

「メイリン!いい情報あったら必ずゲットよ!聞き逃さない見逃さない!」


「看護業がメインだってば〜〜〜」



 姉妹がお弁当を食べ終わって、その場を去ってゆくまで、何故かキラは病室内で息を殺していた。


 噂の種は確実に自分の話だ。だけど本当は自分は記憶がないだけで、ザラ先生の身内でも何でもないわけだから、本来は全然関係ない話であるはずなのだが。なぜだか、動悸が止まらなかった。





 こちらも院内食を食べ終わってホッとしてたら、当のアスランが入ってきた。時刻は2時過ぎ。


「エミリア、お待たせvちょっと血圧測ってから、外に行こうか?」

 キラが返事をするのを待たずにアスランは、慣れた動作でキラの腕をめくりあげ、血圧計を使って測りだした。その姿をキラはボーっとした表情で見続けている。



「ぁれ?」


 アスランは頭に?マークをいくつも浮かべ、2度3度と測ってゆく。すぐさま厳しい医者の表情に戻ると、「ちょっとごめん」と言って、胸元を少しはだけさせて胸に聴診器を当てた。



「ねぇエミリア?さっきまで激しい運動とかしてた?」


「………?ぅうん、全然。ずっとここで寝てた……って言うか、僕今立てないよ」


「…だよね。今朝は何ともなかったのに、血圧は高いし、心臓はドキドキ言ってるし…心当たりない?」



「……………。ぁあのねアスランっきっと僕が先生のこと気にしすぎるのかも…知れなくって…」



「エミリア?」

「ずっとこうしてたんだけど、つまんなくなって…窓を少し開けたら、誰かがアスランのこと噂してて…その、結婚してるとかしてないとか…恋人がいるのかとか………」



 ぷーーーッ!



「何それ?エミリアの身元が判んないから、とりあえず俺の妹ってことにしたから?噂なんて気にしなくていいのに」


「そうじゃなくって!アスランにだって私生活がある訳だし、そりゃ僕だって何にも思い出せないんだから、寂しくて…アスランだけが頼りだからここにいてくれるのは嬉しいけど」

「うん…」



「僕のせいで、アスランが恋人とのデートもできなくなってたり、結婚なんてできなくなったりするんじゃ、僕すごく迷惑かけるから、どこか別のところへ転院した方がいいのかな……って思ってて…」

「それはダメ!それにね、もともと専門が脳外科だから、忙しすぎて出会いなんてないのと一緒だしね。確かに結婚もしてないし、恋人もいない。しかもほとんど病院に缶詰だから、作る暇もないし」



 忙しい忙しいと言いながらも、アスランはキラの転院を認めなかった。

 確かに、骨折を治したら後はリハビリテーションだけなので、この病院にいなければならない理由はないのだが。



「アスラン…」


「それとも、エミリアが俺の恋人になってくれる?」

 爆弾発言に、キラの頭はフリーズした。





「冗談……でしょ?」

 のどがカラカラになりながら、言えたのはこの一言だけだった。





「本音言うとね、かなり本気v」

「ぇ?」





 キラは世界がどうなったのか、判らなかった。


 いきなり肩を掴まれたと思った。そうしたらアスランが近づいてきて…ベッドに寝るといつもは見えるはずの殺風景な天井が見えないことに、不思議な感じがした。

 少し湿ったような小さな音がとても身近で聞こえ…、





「エミリアのケガが治るまででもいいから、俺と付き合ってくれない?」



 そう言われて初めて、今のは口づけだったと気が付いた。


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言い訳v:ホーク姉妹の会話は書いてて楽しかったな。そぉいや秋山は低血圧人間です。しっかり運動したにもかかわらず、上が100を切ることはザラ…違った、ざらです(しくしく)

次回予告:アスランがやたらと積極的にキラに迫ります。次回、アスキラ院内デート編。

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