第2章
第9話 「もう、決めたから…」
こんなとき、予想は予想でなくなる。 401号室。 そう書かれた無機質な部屋に入ったとたん、後ろ手でドアの鍵を閉められ、声を上げる間もなくベッドに押し倒され…指が絡んだと思った瞬間、喋ることもままならなくなってしまった。 見上げた先にあるアスランの顔…心拍数が上がり少し火照った身体…いま自分とアスランとをかろうじて繋ぐ、きらりと光る一条の筋……。 涙が…溢れてきて止まらなくなった。 「泣かせるつもりは…なかったんだ」 「…から、逃げたの、に……別れるの…怖かった……から」 「知ってる。思い出したんだよね、すべてを」 「!」 「ご両親のことも、友達のことも…全部」 「病院で……アスランに会いたくなかった」 会うと…話なんかしたりすると…もっと好きになってしまって、別れたくなくなるから。 最初に言われた、−怪我が治るまででもいいから俺と付き合って− もはや、治ったからといって、手のひらを返したようにきれいに別れられる筈もなかった。 「もう…遅いんだよ」 息苦しそうなアスランの激しい言いように、キラはびっくりした。いつもの余裕が、今は感じられない。 「アスラン?」 「キラが俺を思っている以上に、俺がキラから離れられないんだ。今だって…こんなにも、目の前に見えないと、不安で不安で…」 「ごめん…ね?なんか、大事な手術がたくさん入ってたって……」 「ずっと…キラのこと……気に………なっ……」 バターン!とアスランはベッドに倒れこみ、そしてまもなく規則正しい寝息が聞こえ出した。 「ごめんね。僕のせいなんだよね、全部。だから、僕…もうそばを離れたりしないから……。そのうち、アスランが僕に飽きちゃって、他の人と付き合って…僕と別れたいって言ってきたら……そのときは…どんなに苦しくても、僕は受け止めるよ」 風邪を引かないように、上掛けをかけて、優しくその藍色の髪の毛をすきながら、キラは愛おしそうに語りかけた。 「もう、決めたから…」 キラの細い指が、繊細な技術をつむぎだすその指と、もう一度絡まった。 ……と、外で人の声が聞こえてきた。そういえば、誰にも邪魔されないように、さっきアスランが内鍵を閉めたっきりだったんだっけ? 「すみません。今開けます〜」 そう言ってひょっこひょっこつたない足取りで、ドアの鍵を開ける。そこにはやはり予想通り、昼食を持ってきてくれた看護師がいた。 「ごめんなさい。先生が、閉めちゃって…」 看護師の目の前には院内憧れの的のエリート脳外科医が、爆睡していた。 「ザ…ッザラ先生…?」 「ぅ…ん、時間間違えて病院に来ちゃって、寝るなら帰れって、ラスティさんに追い出されたんだって……」 「ま…ま、ぁ…病院は寝に来るところじゃないですから……ねぇ…」 「使ってない部屋は空いてないわけだしね。僕が…たまたま見かけて……、ここに来たときとてもお世話になった先生だったから、つい」 とっさの言い訳。引きつった表情の看護師に浮かぶ、冷や汗がキラの心にちくりと痛い。 彼女はアスランの顔を覗き込み、よく寝てるわね、と言った。 「なんか…昨日遅くに帰ってきたって話だし」 間が取れなくなって、あわてて話題を他に振る。 「1週間で先生にしか執刀できないオペが20件…しかも患者さんの関係で、病院をヘリと飛行機ではしごじゃぁ……いくら若くても疲れますよね」 キラに伝えられる、衝撃の事実。 「ぁ…うん、そう…だね」 キラは少し後悔していた。ラスティはそこまで教えてくれなかった。おそらく自分を気遣って、リハビリに専念できるようにしてくれたのだろう。彼の心遣いが、とても暖かかった。 「あ…先生、お仕事は何時からですか?」 看護師は、えーと…と言い内線で問い合わせる。ところが数分もしないうちに、受話器を耳に当てたまま、ぐりんと顔だけこちらに向け、苦笑した。 「寝込んじゃってますよね、先生」 「う…ん。なんかすごい、爆睡中……」 疲れきっているのだろう。夢も見ていないようだ。 「今夜は夜勤ないみたいですし、昼間は他の先生に変わってもらいましょう…ね」 「僕は全然かまいませんから。どうせ、夜までには起きるでしょ」 確かに、寝ぼけ眼のままの勤務は厳しそうだった。看護師が別の内線で、院長に許可を取る。予想に反して、案外あっさり許可は下りた。そして看護師は去っていった。 第10話へ→ ****************************** 言い訳v:女の子は…精神的に強いと思います。「もう…決めたから」コレはやっぱ女の子のセリフですだよ! 次回予告:キラのとんでもない体質が発覚!次回でラストになります。 |
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