第2章
第3話 「君なら問題ない。上の許可も取ってある」
翌日。 リハビリ通院のため、キラは病院まで送り届けてもらってから、アスランとはまったく会えなくなってしまった。しかも勤務時間の都合上、基本的に自宅には帰ってこない。 ここにいたって、なぜあの日、キスを焦ったのかがよくわかった。 院内では、遠目に見ることが幸運なくらいで、ここまでくればもう、気持ちがいいほどにすれ違いの連続だった。 少しでも期待していた自分に、否応なしに気づかされる。 「…で、話の内容は理解してもらえたかな?」 「……はぁ〜〜〜」 「はぁ、じゃないよヤマトさん!」 「ぇ?あ…ぇと……お話、どこまででしたっけ?」 こんな感じでいちいち焦るのも、もう何度目か。 「だから、研究のためにデータを解析させてもらいたいって話」 「ぇあぁっ、やりますやります」 話をほとんど聞くこともなく、今の今まで頭に思い浮かんでいた、昨夜の濃厚な口付けの記憶を追い払おうと、キラはあわててOKした。 「じゃぁ、手続きをするから、院内の研究棟に移ってくれたまえ」 目の前の医師は、満足そうな顔をして、次々と手元の用紙に記入してゆく。 「ぇと…僕はそこで何をすればいいんでしたっけ?」 キラが何でもかんでもめくら判のように承諾していた結果、頭上に爆弾は、投下された。 医師にあるまじきその内容に、わが耳を疑う。 「ん?言ってなかったかな?君にはお酒を飲んで、酔っ払ってもらうって」 凍りつく瞬間。止まる時間。 「……………ぁ…はぃ………?」 「散々説明しただろう?」 確かにいい加減に聞いていた、いやまったく人の話を聞いていなかったキラにも、責任はあるだろう。 しかし……しかしだ!どう考えても、これは医者が勧めるべき話ではない。 「アルコールは?好き嫌いとかはある?一応種類はそろえてるし、これといって選べないけど…それとも、飲んだことない?」 「あぁあああぁのっ!先生ッ!!!」 今さらながらに、キラの焦りはピークに達した。 「ん〜〜〜?何か問題でもあったかな?」 目の前のディスプレイに、ずらっと並べられた、キラにはさっぱり意味のわからない数値の羅列。画面から視線を移すこともなく、逆に不思議そうに聞き返してくる目の前の医師。 「大有りですよ!第一僕はまだ未成年なんですよ!そんな…お酒なんて……」 目の前の医師…バルトフェルドとかいったか、彼はため息をひとつついて再び説得にかかった。 「君なら問題ない。上の許可も取ってある」 基本的なことを確認しよう。キラは未成年でここは病院だ。 「そんなこと、わかんないじゃないですか!ぼっ…僕を酔わせて…何しようって言うんです?」 「だから、医学の発展への貢献」 「意味わかんないです」 確かにこれではサッパリだ。 「ボクはこれでも細胞学が専攻でね。大丈夫だ。細胞が作り出す酵素や抗体のことなら、任せてくれたまえ!」 「ますますわかりませんっ!」 「だから、酔っ払った状態の君から、血液を採取するだけじゃないか」 「待ってくださいよ!採取するだけって言っても、1日2日じゃないんでしょ?」 「う〜ん……そうだねぇ〜〜〜。少なくとも1ヶ月はほしいかなぁ〜?」 医者はのほほんとしている。 「ちょっと待ってくださいよ。その間、ずっと僕は、毎日酔っ払ってなきゃいけないんですか?」 「そう言うなよ。ちょっとならつまみも用意するから〜」 「そういう問題じゃないですよっ!」 「そう言わずに!画期的な新薬ができるかもしれないんだ。どうしても君に協力してほしい」 「それなら別に僕でなくったっていいんじゃないですか?」 「たんぱく質が…塩基配列がボクを呼んでるんだ」 「僕は呼んでないよっ!さよならッ先生」 「協力してくれるって言ったじゃないか〜」 「撤回します!あれは気の迷いだったんですっ」 結局、その場はけんか別れという形になって、キラは杖を持って診察室を後にした。 院内の廊下で、あまりの不安さにアスランの姿を探して目がさまよったが、こんなときに限って出会うことすらできなかった。 落ち込んだまま、アスランの部屋に戻ると疲れがどっと出て、ベッドにぼふんと転がった。ところがいろんなことがありすぎて眠れようもなく、室内をぼんやり眺めていると、ふ…っと膨大な情報が脳裏を席巻した。 「……………ぁ…僕……」 ここは、一人暮らしの妙齢の男性の部屋なのだと、強烈に意識した。 第4話へ→ ****************************** 言い訳v:ゥフフフフ!この今更感が我らがキラちゃんです! 次回予告:時間軸が、『〜1』の最終話の直後です。あの話で割愛した、出勤前のあわただしくもイヤらしい会話編。 |
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