Please sit my side.

 

第1話 「ちゃんとファースト・ネームで呼んで。アスランって」



 周囲がざわついている。


−なんで?−



 白い服を着た人がたくさん…心配そうに自分をのぞき込んでいた。


−僕、なんかした?−


 その前に、どうして自分はこんなところに寝ているの?白い天井……点滴の管……痛む身体………。





 起きあがろうとしたら、信じられないほどの痛みが襲い…そして僕は女の人にもう一度寝かされた。


「急に起きあがってはダメですよ」

「どうして、ですか?」


「よけい苦しいですからね」





 何のことだかさっぱり判らない。第一何にも覚えていないし…。


「事故にあったのは、覚えていますか?」



 事故……………?僕が…?……全然覚えていないや。


「先生…」


 先ほどの看護士が、少し不安そうに隣の若い男の人−先生と呼ばれている−に声を掛けた。



「今少し時間があいているから、俺が少し話を聞いておこう。君はステーションで…」


「判りました。お願いいたします」



 女性看護士は丁寧に頭を下げて、この部屋を去った。


 雰囲気から察するに、どうやらこの部屋は病室のようだ。そしてここには僕と、目の前の若い医者だけが残った。





「ここは…病院なんですね?」


「そうだよ。相手の方がすぐに救急車を呼んでくれて良かった。処置が早かったから、治りも早いから、それだけは安心して」


「すみません。どなたか知りませんけど、ありがとうございました」



 キラがそう言うと、若い医師は少し苦笑したように表情をゆがめた。


「ところで、早速で申し訳ないんだけど、君にいくつか聞きたいことがあるんだ。答えられる範囲でいいから、教えてくれると助かる」


「はい。何ですか?」



「まず、君の名前と、住所と、生年月日…それからご両親への連絡先から」



 そう言われて、キラはきょとんとした。なぜって……頭の中が見事に白紙だったからだ。名前と言われても、まるで思い出せない。



「…………………………」



「どうしたの?名前だけでも判らないと、身元の調べようがないよ」


 キラはそこまで言われて初めて、不安になった。ふるふると力無く首を横にふる。



「わかんないんです。何にも覚えてなくて……頭真っ白で………」

「ああごめん。一時的な健忘かな今は。思い出したらすぐにでも教えて欲しい。いいね?」



 さして驚くふうでもなく、医者はそう言った。交通事故による一時的健忘なんてよくあること。たいていは数日してから思い出すこともあるので、このとき彼は大して気にもとめなかった。



「ごめんなさい…ぁ、あのでもっもし思い出せなかったら……入院費の支払い…後払いじゃいけませんか?働いて返しますから」


 目の前の医者は、笑いのツボを突かれたかのように笑い出した。



「そんなこと今の君が心配しなくてもいいよ。君が今やることは、ちゃんとケガを治すこと!」


「で、でも……お金………」



 食い下がったキラに、医者は軽く苦笑し、そして彼女のほっそりした肩に両手をおいて説明した。


「じゃぁ、当面君は俺の妹だということにして、立て替えておくから。それだったら、いいだろう?全ての支払いは、急がないから」

「え……」



 キラの不安をよそに彼は話をどんどん進めてゆく。


「とりあえず、何でもいいから名前無いと不便だね。う〜ん…アリス…ブリジット……エミリア…どれがいいかな?好きな名前とかって、ある?」


「ぇ……ぁ………あの…」

「エミリアなんてどう?エミリア・ザラ」



「でも…迷惑が……」


「君の担当医は俺だから、その方が都合がいいかなって思って。それにどうせ検査で院内をあちこちする訳だから、とりあえず名前を決めとかないと、便利悪いし。あ、君が嫌だったら無理強いはしないけど…」


「嫌とかじゃなくて…まだよくわかんなくって……」



「そのうち慣れるよ。思い出すまでの間は、君の名前はエミリア・ザラで俺の妹。それでいいね?」


「あ…あなたは、それで……いいんですか?」



「俺は君の…エミリアの兄!だから、ちゃんとファースト・ネームで呼んで。アスランって」



「アス…ラン……?」



「そうvアスラン・ザラ。よろしくエミリア」


 にっこりとほほえんでアスランは、次々決めてゆく。





「すみません。よろしくお願いします先生」

「名前!」


「ぅ…ん、ア…スラン……」



「じゃvまた来るからねエミリアv」





 結局キラは、アスランに押し切られるような形で、入院生活を始めることになった。ちなみにアスランがこの個室のドアを閉めた直後、プレートを変更しておいたのはいうまでもない。



−主治医、看護士以外の面会は予約にて承ります−


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言い訳v:いつもながら大きな病院というところは、なぜか気持ちのいいところじゃないです。でも、萌え設定となれば話は別さ〜(←開き直り)

次回予告:ひどく機嫌のいいアスランに、口の悪い友人の現実的な指摘が痛い。ところが当の本人は全く気づいていなかった。次回、アスラン意味深な寝言編。

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