主人不在型ストレス症候群

【出会い編】あの頃俺たちは、若かった



<第2話> 「応援したいんだ」


 

 確かに出席をそんなに厳密に取ったことはない。ないが、たいがい講義室は学生で一杯だったし、講義レベルを落としているわけじゃなかったから、出席しなければ判らないようにレジュメを組んでいるわけだし。


 そんなこんなで実際取る必要がなかったのだ。





「内職………って、これ?」


 考えなしに聞くと彼女はぎくりと身体を強ばらせ、酷くうつむきながら肯定した。



「講義室か図書館が一番集中できる環境なんです…」


 ぽたりと、目の前に水滴が落ちた。


 泣いている?

 俺が泣かせた?

 こんな可愛らしい彼女を?





「ああ、泣かないで良いから。俺が悪かったから………とりあえずさ、何か飲み物でも出すから良かったら俺の準備室に来ない?」

「…え?」



「こんなとこじゃ他の人に見られるし、なんだか図書館でできなさそうな悩み抱えてそうだし……その、君が嫌じゃなかったら………だけど…」


 語尾は酷く不安げになった。

 確かに人通りから離れている自分の準備室なら、誰にも見つかる心配はない。それはひどく名案のように思われた。ただ一点、彼女が拒否しなければの話ではあったが。



「分かりました…」


 彼女が少しだけ顔を上げる。その頬には予想通り、涙の痕があった。







 他の学生に見つからないように足早に歩いて、彼女を自分の準備室に招き入れた。そういえばここに学生を招いたのは初めてだったなとか、今要らないことがぐるぐると頭を巡る。

 彼女をいすに座らせ、コーヒーにしようと思ったがこんな時に限ってインスタントしかなく、それでは彼女に悪いと思い、ココアにした。



「ごめん…冷たいの、今切らしてて…」


「いえ、いいです」

 彼女はアスランの差し出したココアを一口飲み、再びうつむいてしまった。





「黄大…」


「…ッ!」



 あからさまに彼女が震えるのが見て取れた。

 ここも決してレベルの低い大学ではないが、上には上がある。



 黄道連盟大学。


 そこは全ての受験生にとって一種のあこがれであった。





「ごめん、俺の講義ちゃんと受けてなかったとか、そういうことを非難するつもりはないんだ。確かに、テスト第一主義だと思って俺も気にしてなかったから」



「………先生…」

「ただね、黄大が俺の出身校だったから……つい…」


「…ぇ……」



 彼女の瞳が驚きに見開かれる。

 ああ、瞳の色は宝石をはめ込んだような紫なんだ…とか、アスランの頭の中に余計な感情が入り込もうとしていた。





「ここ…辞めるの?」


 彼女は答えなかった。



「受け直すつもりだったの?」





 しばらく沈黙が流れ、そして再び彼女のスカートに涙がしみを作った。


「すべり止めで…ここしかなくって………でも、諦めきれなくて。両親に反対されてるから黙って受け直すつもりで………」


 それでこんな問題集や参考書の山だったのかと、納得がいった。



 だが、同時に納得いかない感情も出てくるわけで。ただそれを彼女に強要したら、もっと彼女を悲しませてしまう結果になるのは目に見えていたわけで。

 そうしたとき、自分は恨まれるかも知れないと思った。今目の前にいる、一目惚れの彼女から。



 そうなればきっと後悔する。間違いなく。





「実は俺も楽勝で入ったわけじゃないよ」


「先生?」


 アスランは感情を押し殺して無理して笑った。

 もし彼女が本当に大学を受け直して黄大に行ってしまったら、彼女とはもう会えなくなるだろう。だが、上のレベルを希望する彼女の邪魔をする気にはさらさらなれなかった。



「その気持ち…よく判るから」


 特に女の子じゃ、容易に浪人なんてさせられない。

 親の気持ちも痛いほどよく判る。





「俺の講義出なくて良いから、ここに勉強しに来ない?」



「…は?」



 アスランは生まれて初めて、教師にあるまじき発言をした。


「先生…何言って…」



「応援したいんだ」


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言い訳v:黄道連盟=ZAFTの和訳です。当初はザフ大も考えていたんですけど、TVのキラセリフ「僕はZAFTになんか行かない!」が、強く念頭にあったので。
次回予告:キラ→準備室。

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