桜を継ぐ者

前編



 王宮の奥の、誰にも見つからないような部屋の隅に、それはあった。



「王家の至宝!?こんなところに?」


 少年を中心とした人だかりが、暗闇の中を突き進む。何人かの人たちが、ほこりのかぶった部屋の扉を開けた。





「予想はしていましたがすごい臭いですな。何とかなりませんか…」


「基本を確認しよう。ここは王宮の地下最下層で、もう何十年も締め切られた部屋なのだが」

「仕方ありません。ですが、こちらに隠しておいて良かった」



「しかし!これは、王族にしか扱えないと聞いていたが…」

 ひときわ上等な服をまとった少年が、周りの中年男性に話しかける。彼こそが、この国の王子であった。



「はい。しかし、奸臣にそそのかされたとなれば話は別です。実際には扱えなくても、手に下ったも同然」

「だが!」


 アスランは語気を荒げる。





「シーゲル様より連絡があったのです。ラクス様が、このことに関して神託を受けられたと」


「ラクスが?」

 とたんにいやそうな顔になるのは致し方ない。幼き頃より、両親に決められた婚約者であったが、奔放な彼女に散々振り回された挙句、「わたくし、へたれちゃんと一生を共にする気はありませんの♪」と言われて、一方的に振られたばかりだった。



「ラクス様も神に仕えるお方。巫女さまほどではなくとも、ご神託をお受けになることはできましょう。それに…」


「ラクスのことは、もういいんだ。それ以上言わないでくれ。それよりも……」





 そしてアスランは、目の前の物体に思いっきり…引いた。


「な…っ、何でございましょうか?」



 わざとらしい宰相の受け答えが、沈黙を彩る。

「判っているんだろう…」



 居並ぶ重臣からの苦笑いが消えない。そこに見えていたのは一部が腐敗し、塗料がはがれかけた…どう見ても「ど●でもドア」だった。ちなみに、色はおどろおどろしい…ショッキングピンクだ。


「な…なにか、問題でもございましょうか?」

 それはまさに棒読み。



「なら何故どもる!」

「う”…っ」


 額に冷や汗が伝う。王家の秘宝というにはその概観は、どこからどう見ても…ちゃちかった。



「嘘を申し上げてどうなります!確かにコレはどこ●もドアに見えますが、王家に伝わる由緒正しきわが国の至宝にございますぞ!」

と言うわりには脂汗は引かなかった。なにしろ現実感が全然ない。




「ならお前はコレを見せられて素直に信じるのか?」

「いいえ」

 宰相は即答する。


「なら…」



「なら、なおさらのこと!全く妙なところで頑固なんだから!ですからお考えになってください、殿下にすべてを託すことしかできない私どものことも!そぅりゃッ!!」


 そう叫んで、宰相はドアを開け、事もあろうに国の王子を蹴りいれた。


「ぅわッ!」



「頼みましたぞ、殿下…」

 宰相が手をひらひらさせながらつぶやく。その声は既にアスランには届いてはいなかった。





「さ…宰相、本当に大丈夫なのでしょうか?殿下は…この国にとって……」


 重臣が狼狽している。居並ぶ重臣の不安を跳ね除けるように、宰相は今閉めたドアをもう一度開けて説明した。



「見たまえ、われわれが開けたのではこの通り、部屋の向こう側が見えるだけだ。問題は、行方のお分かりでない巫女さまをお連れすること。となればここを通ることのできるお方に頼むしか仕方あるまい」

 しかし…。重臣は続ける。





「殿下を後ろから足蹴にすることもございますまい」


 一国の宰相は、厳かに告げる。それはどう考えても、苦しまぎれだった。


「君は、見ないふりという言葉を知らんのか」


「閣下!」



「緊急事態だったんだ。仕方あるまい。どうか、無事に巫女さまをお見つけになられることを祈るしかない」

「巫女さま…」

 とたんに宰相が「あ!!」と大きな声を上げた。



「い、いかがされましたか?」

「巫女さまのこと、説明申し上げるのを忘れていた…」



「…は?」





 脂汗がだらだら落ちた。そして、一国の宰相は、重臣たちによってたかって殴られることになる。



「間違いが起こってしまったらどうするんです?殿下は…」



「この国は滅びるな…」

「ええ、間違いなく」



 重臣たちの心配する間違い…たった一つの最大の不安材料は、王子アスランの「手の早さ」だった。


 もし「そんなこと」になれば、巫女としての力はなくなる。新たに力を宿した巫女を探している間に、日に日に軍事力の増している隣国に対抗し得ないだろう。





「ふはっふははははははっ!もう行っちゃったもんね〜〜〜〜〜。信じて待つしかあるまいっ」



「幸いにもお子様はおられませんが、わたくしもお噂はあちこちで…」

「もはやギャンブルですな…」

「それもかなり分の悪い……」





 重臣たちの現実的なツッコミが、宰相に重くのしかかる。


「逃げる準備でもしておいたほうがよろしいですかな」

「……………」



「とりあえず旅券と通帳だけでも、いつでも発行できるようにしておきましょうか」

「万が一…という可能性がやたら高いのですが……」

「くそぅ!こんなときにラクス様がおられればッ」



 事この話に関して、アスランは臣下から全く信用がなかった。





「キラ…」

 知っているのは名前と、数年前までの記憶のみだった。それにしても、とアスランは思う。直感がここまで当たったことは奇跡に近いと。

 どうも、キラがこの学校に通っている気がして…名簿を調べてそこに彼女の名前を見つけたときは、心底ほっとした。

 すぐにデータを書き換え、留学生としての入学手続きを取る。とにかく、彼女の近くに入り込んでしまわないことには、なんとも手の打ちようがない。


 そう…考えたのだが…。





「ラクスッ!!!」

 いやな場所にいやな姿を見かけた。ラクス・クライン。現神官長シーゲル・クラインの娘にしてアスランの婚約者であったが、彼女とて王族の一員。あのドアは通れるのだから、ありえない話ではなかった。


「こんにちは。アスラン」

「何故!あなたがここに…っ」


 思わず語気も上がるというもの。当初の計画の変更を、アスランは覚悟した。





「あら。わたくしがいては不満ですか?」

 ラクスはアスランの本心をずばりと指摘する。


「ご安心なさい。キラ様は私のそばにいます」

「なら、何故?」



「キラ様の…ご記憶が戻らないのです。全てをお忘れになっていては、お勤めを果たすこともできないでしょう」

「記憶が…?」



 ラクスの言葉に面食らう。彼女が、そばにいながらすぐに連れてこられなかった理由がそこにあった。記憶がなければ、彼女が本来いる場所は、彼女にとって得体の知れない異世界にしか過ぎない。





「彼女を救うことができるのは、あなただけなのかもしれません。ですが…」

 ラクスが言い終えないうちに、キラは彼女の元にやってきた。ラクスの隣にぴたりと寄り添い、彼女のピンク色をした髪の毛を愛おしそうに触りつづける。それが、アスランにはかすかに気になった。


「ラクス!ただいま。ぁれ?その人は?ラクスの友達?」

 きょとんとしているキラ。彼女にはぼんやりとした思い出までも残っていないようだった。



(キラ…。ちょっと見ないうちに可愛くなっ…じゃない!いったい、何があったんだ…)



 不思議そうな表情のままのキラに、心が痛んだ。知らず、目が細まる。


「ええ。わたくしの大切なお友達ですわ」

「仲、良かったんだね」


 キラは、本当に何もかも忘れているようだった。はたしてこれは都合がいいのか悪いのか。



「それはどうかな…」

 苦笑したアスランに、キラは首をかしげた。


「大丈夫ですわ、キラ。変に手を出さなければ、実害はありませんもの」

 予想の範囲内ではあるが、なんとも厳しいラクスの言葉。

「ラクス!」



「あははははっ。仲、いいんだね。二人とも。僕はキラ…キラ・ヤマト。よろしくね、えーと…」

「アスラン・ザラだ。よろしく。アスランで良いよ」

「うん、アスラン」


 キラがにっこり笑う。彼女の微笑みに、頬が赤くなったものの…どうしても、いつもの調子が出なかった。





 放課後、留学生寮にラクスはアスランを訪ねてやってきた。何の連絡もなしにいきなりドアを開けるラクスに、アスランは眉をしかめる。

 彼女はいつもそうだ。彼女のすることは理解できないわけではないが、それにしてもいつも振り回される自分がいる。なんとも面白くない話だ。


「キラのそばにいなくて、いいんですか。狙われていると聞きましたが」



 アスランは警戒する。こんなに近くにラクスがいては、おいそれと手を差し伸べることもできない。


「キラには、弱い結界が張ってあります。といっても、彼女の危機をわたくしが感じ取る程度の力しかありませんが」

「しかし、それでは…」



「あなたのせいですのよアスラン。何故もっと早くキラ様をお迎えに来なかったのです?」


「ラクス?」


「何故わたくしとあなたにだけ、かすかに力が残されているとお思いですか?お部屋に残された香水を不思議に思ったことは?」

「どういう…ことです?」



 アスランは何も説明を受けていなかった。そういえば、いつも自室にはいい香りがほのかに漂っていたような気がする。しかし、そんなことなど全く気にもとめていなかった。



「あれは桜の香り。桜は…権力の象徴。強い権力と魔力を与えます。けれどそれは同時に狙われる」


「シン…?」

 腹違いの弟の名を、アスランは口にした。


「正確には、後ろ盾のギルバート・デュランダル」





 素直なシンに取り入り、シンに玉座を与えるべくキラをさらったのだという。シンに権力をと強制されたキラは、あまりの恐ろしさにその場から逃げ出した。彼女の持つ魔力は、一瞬で異世界へと彼女の身を運んだのだった。



「しかし…一介の臣下が権力を得たところでなんになる?」

 強大な権力と魔力。そのどちらも手中にできるのは巫女の選んだ者だけだ。


「彼が欲しいのは、この国ではない別の玉座です。他国をのっとるための魔力…それさえあれば」



「反逆…?」


 ただし、王の判断で魔力の「おすそ分け」を受けることはできる。ラクスからほのかに香る香り、アスランの自室にそっと置かれた香水びん…そんなものを作り出すことができる。



「魔力の一部を得たところでそれができるほど、強大なのですよ。ですがそれはやはり諸刃の剣です」


「?」

「何故王家の者ではなく巫女が玉座にいられないと思いますか?巫女は神に仕える者…汚い政治は巫女にはできないのです」


「なるほど。それで国家を統治するにふさわしい者に、巫女は絶大な権力を与えるわけですか」



「玉座を与えれば巫女はただの人に戻ります。その代わり、玉座を得た者は神の監視下に置かれることとなる。在位中に国が滅びるような振る舞いをすれば、権力はなくなり新しい巫女に託される…」


「いったん、人に戻った巫女は?」

 アスランはキラの身が気になって仕方がなかった。



「暗君を選んだ清算を…」

「共倒れと、いうわけだ」



 ただし、代替わりの際に巫女が現れる場合がある。今回のような場合がそれだ。年老いた父王が王位を譲ると神殿で報告した。

 王に与えられた権力は弱まり、新しい巫女にいったん移る。後継者たるにふさわしい新王に、権力と魔力を与えるためだ。





「だから、人にはない魔力を得ているのですよ。わたくしたちは」


 巫女の選択いかんで、世襲でない場合もありうる。後継者が王族に限られるのは、簒奪は国を荒らすだけだからだ。



「話は、それだけですか?どうもあなたの話には裏があるように思えてならないのですが」

 アスランはいぶかしむ。一刻も早くキラの元へ飛んでいきたかった。


「あなたはわたくしのいったいどこを見ているのですか?キラ様は不安になられたときには必ず、無意識にわたくしの髪に触ります」



「桜色…」

 いやおうなく気づかされる事実。



「彼女を不安から解放していただきたい。そのためにも…玉座をお望みなさいと申し上げているのです」


 何をしなければならないのか、それは彼女の中にしっかりと根付いている。それが判らなくなっているから、できないから彼女は不安になるのだ、とラクスは付け加えた。



「強大な権力と魔力に頼ってきたわが国には、軍備を増強しつつある隣国に対応しきれない…急げということか」





 アスランが玉座を得るにはキラに力を与えてもらわなければならない。後継者に権力を渡すことで、キラはすべてから開放され自由になれる。


「わたくしたちは自然に密着して生きているのです。それが、一番自然なことだから」





 現にキラが力を宿したまま異世界に行ってしまってから、自然が少しずつおかしくなっていった。

 まず、桜が咲かなくなり、そして花という花がこの国から消えた。


 そのうち馬がやさぐれたり、腹にさらしを巻いて賭博に興じたり。

 気候がおかしくなって、カラフルなハート型の雲からはジェル状の生物が降ってきて、そこらじゅうで「ウッフンアッハン」喘いでいる。



 確かに中世RPGに出てきそうな典型的な国とはいえ、この状態ではさすがに「引く」。


 労働組合を結成し、「春闘」の名目でストライキ運動を起こす牛たちに、人々は困惑していた。


後編へ→
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言い訳v:この話にはすでにボツにした、まじめストーリーが存在します(笑)読みたい人は…いないよね(大笑)
次回予告:アス→←キラ。ひたすら甘い展開…のハズが最強ラクスにビシリと決められます。

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