桜国ものがたり〜君と僕、あの日の約束〜

 

第16話

 








































































 待ちに待った手紙が、キラの元へやってきた。きょうだいにしか判らない暗号文(果たしてそんなことをする必要があるのかどうかは非常に謎だが)によると……、


<今からそこへ行く!待ってろよ>


 だった。





「…………………ぁ…はぃ?」


 すぐ側でシンがきょろきょろしながら辺りをうかがっている。ここはジュール家の屋敷。

 そんでもっていわゆる「高貴な女性の部屋」なのだった。



「キラ様ぁ…悪いんですけど、固まってる暇ないと思うんですけど〜〜」

「ぅ…ぁっごめんね、シン。すぐお返事書くねっ」





 そうして届けられた(移動中のカガリによく届いたな、その手紙)内容はというと…。


<2、3日待って!イザークが帰ってくるんだ>


 で、その内容は当然カガリを激怒させた。

「イザークって言うとあの、スケコマシ女なら誰でもしかも超浮気者というアイツか!!!」



「あのぉ〜カガリ様?どーでもいいですけど、すんごい噂ですねソレ……」

 シンは面食らう。

 いくら噂には尾ヒレ葉ヒレが付いて回るとは言っても、ソレではさすがに酷かろう。シンが盗み見たイザークからは、到底理解できない内容だった。


「何ッ!お前はイザークを見たことあるのか?」

「ん〜〜〜まぁ…ありますけどぉ…そんな噂ちょっと俺には信じられませんよ……」


「でも現に女を取っかえ引っかえしてるって…」



「キラ様の話によると結構まめに帰ってるみたいですよ。仕事もまじめに出てるようだし、なんか結構キラ様一筋みたいだし…」

 部屋の中から檜扇が飛んできて、シンの頭にぶち当たった。
※檜扇(ひおうぎ)…檜で作った女性用のでっかい扇子。


「バカ野郎!男はみんなそー言うんだッ!みんな飢えたオオカミ!ディアッカ・エロスマン!!!」



「………。すいませんカガリ様……最後意味判りません」


 キラとは全く正反対の性格。

 そんなカガリに額の青筋がひどくなる。上司と部下という間柄さえなければ、思いっきり殴ってやってるのに!と、シンは強烈に感じた。


 当然、冷たくなる語尾。

「……ぉ…おぅっ。すまなかった。そ〜いう決まり文句が今宮中で流行ってるんだ」


「ま…というわけでですね、イザーク様と鉢合わせしたらヤバいでしょ?」

「わ…判った。決行は、明後日だなッ」

「カガリ様…明々後日です!」

「う…ッうるさいなっ!判ってる!」


「……………」





 と、見てきたことの全てをキラに言ったら、即座に笑い飛ばされた。

「ぁははははははははははっ!」


「笑い事じゃないですよ」


「ああ〜ごめんごめん〜。ん〜〜〜でもねぇ、イザークきれいだからねぇ。でもって、結構マメなんだな〜。だから断り一つ入れるのでも、ちゃんと手紙送ってたりしてるからねぇ。そう思われても仕方ないか」



「それにしてもすんごいギャップありますね…」

 今更ながらにシンは呆れかえる。


「うん〜〜。まぁ、シンたちにはあんま関係ない世界だからね〜」

「何言ってるんですか!俺だって…その、色々あるんですよッ」



「はいはい。シンだって大変だよねぇ。僕がこんなじゃなきゃ…危険な目に遭わなくて済んだもんね」

 キラは縁側に寄り、シンの頭を猫みたいになでた。

 今までとは違い、格段に女の子らしくなったキラにシンは図らずもどきりとする。今まで見慣れてきたキラの顔も、化粧をしているせいで絶世の美少女のようだった。


 身分違いは判っていながらも、顔が赤くなった。

「キ…キラ様っヤバいですよっ」


 キラと対峙しているととても和む。先ほどのカガリの調子から反転、こうくるとどうしてもキラの懐に深く入り込みそうになるのだった。

 彼女の天然さが、他の男を甘くさせる。



「え?何がぁ?」


「そ…そのぉ………」

「……ん?」


 何にも気づいていないキラは、今までと同じようにシンに接してくる。それは嬉しい。だが、こう…必要以上に顔を近づけないで欲しいと、今は強烈に思う。



「俺だって…男ですからッ!今のキラ様見て、その…可愛いな………とか、思ってしまうんですっ」


「むぅぅ〜!僕は好きで女の子に戻ったんじゃないのにぃ〜〜!でも、そう言ってくれるの、なんか嬉しいな。ありがと、シン。カガリと入れ替わっちゃったら、もうあんま会えないね」

 そう言ってキラはシンの顔を引き寄せ、そのぷくぷくのほっぺに軽く口づけた。シンの顔から湯気が上がったのは言うまでもない。



「あははははっ!シン、か〜わいぃ〜〜〜っ」


「か…ッからかうのもいい加減にしてくださいよぉ!じゃないと…俺……」



「じゃないと?」


 きょとんとするキラ。小首を傾げるキラ。

 その表情が、男を虜にすることなど、彼女は全く気づいていないであろう。シンにはイザークの気持ちが、判らないわけでもない。

 上司と部下でなければ、自分だってフラフラ〜っと行っちゃいそうだった。



「俺がキラ様を襲っちゃいますよ?」


「本気?」



「それができるなら理性を総動員して我慢してないですよッ!」

 それでもシンにはキラが、何よりキラの幸せが大切だった。



「うん、ごめんねシン。からかっちゃったりして。でも、もう遅いから早く帰った方がいいよ。もうすぐ、イザークが帰ってくるし」


「………はい」

 そう言うときのキラは、少し寂しそうな顔をしていた。


 そんな表情を見るのは、シンにはもう辛かった。





 日が完全に落ちた頃、キラの元へイザークは帰ってきた。宮中へ出仕したその服装のまま、イザークは辺り構わずキラを抱きしめる。


「すまん。夜勤が重なって…少し間が空いたな」

「イザーク…お直衣、シワになるよ……」


「いいんだ。お前が今この腕の中にいる。それだけで、俺には充分だから」

 一言言われるたびに、キラの心は苦しくなっていった。


 イザークは優しい。



 キラのことだけを考えて、キラのためだけに動いてくれる。キラが望めば、どんな話でさえ隠すことなく教えてくれる。あれから、女の子の生活を事細かに強制したりもしない。

 でも、キラには何かが足りなかった。



「………ん…っ……」

 すぐに降ってくる、優しい口づけ。それすらも、強引なことはしない。キラのペースに合わせてくれる。



「イザーク…着替えよ?そのままだと僕…気を遣っちゃう」


「ああ!そうか、そうだな。ありがとうキラ」

 仕事着から普段着に着替えるときも、服の柄を一緒に選んだりして……それは確かに一応の幸せというのかも知れない。これ以上は高望みなのかも知れない。





 それでも……。


(約束したのに……。あの子に会えないまま…僕はこんな場所でずっとイザークを待ち続けてる)



 キラの心の中の唯一の引っかかり。


 きっとあのともだちだって自分を捜してくれている。

 いや、もしかして向こうも忘れてしまっていて、誰かと幸せになっていたとしても………それでもいい。


 一目…確認したかった。





 自分にはやはりイザークを愛せそうにない。あの子のことが気になるから。

 それに、やはり自分にはどう転んでもイザークは友人なのだった。



 だから黙ってここを出ていくことにした。


(だから…恩返しにはならないかも知れないけど、優しくすることくらい僕にもできるよね…)


第17話へ→

言い訳v浮気者でお調子者設定の宰相中将。どうやってごまかそうかと苦労したあとが…(大笑)

次回予告
大脱走……と言うより、ほのぼのキラ&シン会話ですか…。
























































































































































お読みいただきありがとうございました。ブラウザバックでお戻り下さい。