−第6話−

 

「父に連絡を取って欲しい」

「…ぇ……」



「ああなんで今まで頼まなかったんだろう。この木…」

「知ってるの?」

 それは、幼いときに住んでいた家の近くにあった神社の神木だった。そこは子供にとっての遊び場で、
アスランもよく訪れていた。



 長じてからは、子供のように頻繁に行かなくなったものの、嵐になったり雷が鳴ったりしたときには、妙
な胸騒ぎがしたりして不思議に思っていた。





「子供の頃、家の近くにあった神木………、確か神社を移転するからって…」

「枯らすの?」


 キラは何だか青くなっていた。



「植え替えるとか何とか………」





 それは都市計画のせい。

 街並みを整備するから、邪魔になるらしい。アスランがここに転院する前に、枝葉を切るとかなんとか
小耳に挟んだような気がする。



「行かなきゃ…」

 何かに吊られるようにキラはそう言った。


「君と一緒に行かなきゃ…」

 一緒に、と初めて彼女はそう言った。



「一緒に……」

 言いかけてすぐアスランは咳き込む。また少し血を彼は吐いた。



「君と一緒に行かないと、意味がないよ」

 その言葉はキラにとって凄いことだった。


「でも、行くの大変だし迷惑………」

 またもや言いかけたところでキラは病人の胸ぐらを掴む。やはり容赦なく。



「生きる…って、言ったよね君!」

「ぁ…ぅ、ん」



「元気になって、僕を守ってくれるとか……確かそんなことも呟いてたよね?」

「………はぃ」


「行くの?それともここでへたれてる?」



 輝く紫の瞳に、アスランは即答した。

「行きます!」

2日後、車いすを気力と根性で押す涙ぐましい姿が、人々の涙を誘った。

あの神社の神木の前。早くもキラのオーラに群がってくる人々を、彼女は一喝する。


「僕は今とぉぉ〜〜〜〜〜っても忙しいの!手伝ってくれるんじゃなきゃ、道空けて!」



すると早くも、俺が俺が…というハメになる。

「…大変だったんだね」

「うん。あの頃は、ほんとによく判っていなくて、ただ怖いだけだった」



その間にも人数は増え、収拾がつかなくなってきた。見かねてアスランがキラになにがしか吹き込む。

そうしたらキラは、ぷっと吹きだした。


「それ、いいね。そうしよう。みーんーな〜〜」

「「「「「「「「「「はいっはいはいはーい!」」」」」」」」」」



「怖スギ……」



「おみくじ引いて大吉の人だけ手伝ってね」

言うが早いか、人々は神社へ殺到した。端から見ていて不気味以外の何物でもない光景だった。



「行列のできる神社?」

「プーーーッ!!!」

 改めて、神木を見る。枝葉がかなり切り落とされて、太い幹だけがやたら目立って、いかにも寒そうだ
った。

「こんなことになってたなんて…」

「樹齢何年なんだろうねー」


 キラが何気なく幹をぺたぺた触る。そのたびに温かい、何とも言えない感じがした。ふとキラの顔を見る
と、彼女と目が合ってびっくりした。



「と言うことはさー、こんなコトしたら君も反応するんだ?」

 キラの瞳がイタズラ小僧のように光る。次の瞬間彼女はその大きな幹に、ちゅっと音をさせて口づけた。



 ドッキィ〜〜〜〜〜ン!!!



「あははははっ!面白いっ!反応してる〜面白い面白い〜〜〜」


「こ…こらっキラッ」



「判った?そういうことなんだよ。君は、いわば神の申し子なんだ」

何もかも信じることができず、アスランが呆然としている間に、新たな人がやってきた。パトリック・ザラだ
った。父の姿を見た瞬間、アスランは辛い身体を押して、身を乗り出す。



「父上、この木を…この木を切らないでください」

「何を言ってるんだ!ここは大通りになるんだ。今さら計画の変更などできない。それに、そんな身体で
なぜここへ戻ってきた!」


「生きるためです」

「何!?」



「全てを取り戻すために、俺は原点に戻ってきました」

「この神木と彼の身体はリンクしているんです。この木を切り倒せば、彼はもう二度と戻ってこないでしょ
う」





言ったところで誰も信じる訳じゃなかった。


だからキラは実力行使に出る。制服のポケットから取り出したのは、何とトンカチ。それを思いっきり木に
打ち付け始めた。


カコーーーン

「痛い…っ」



カコーーーン

「痛いってキラ!何するんだ!本気で殴るな!」





カコンカコンカコン………

「いたたたたたたっ!足が…あじがじびれ”る”………」


「……まさか……………」



固まってしまったパトリックに、キラは追い打ちをかける。やはり木に向かって。



「分からず屋!強情!へたれ!!甲斐性なし!そりゃ…ちょっとはかっこいいかなって思ったけど、アスラン
なんてアスランなんて大嫌い!もう二度と好きになんかなるもんかぁ〜〜〜ッ!!!!!」



絶叫は………アスランを完膚無きまでにノックダウンさせた。真っ白になって…ザバザバと嗚咽を漏らす
アスラン。


「ウソ…それ本気?俺のこと好きだって思ってくれてると………」



などという光景を見ていたパトリック。さすがに共謀して、何か企んでいるとしか思えなかった。





「そんな…そんな子供だましが私に通用すると思うかぁあああ〜〜〜ッ!!!!!」

こちらも絶叫……………して、木の幹をグーで殴った。


「ち………ち、うえ………恨み……ま………」


ガクッ……。



「あ、気絶しちゃった…」

「ウソだろ…」


しかし声をかけてもアスランはうんともすんとも言わなかった。さすがに心配になってのぞき込むと、白目
を剥いて本当に気を失っていた。

「と言うわけで、彼の命を救いたければ、この木を残すように計画を練り直してください」

「こけおどしじゃないんだろうな?」


「彼、マジに気絶してるじゃないですか」



 パトリックはしゃがんで息子を指でつつく。しかし、息子は未だに真っ白に燃え尽きていた。


「この話…事務所でよぉぉ〜〜〜〜く聞かせてもらおうじゃないか」

「信じていただけて光栄です」

「まだ信じてない」



「そう焦らなくても、区画整理は時間かかりますって」

「田舎看護婦のくせに、何という余計な知識を!」


「だいたい土地狭くなって地価が上がるんだから、地主の反対が多いのは当たり前でしょう」

「ぬぐ……ぬぐぅぅう〜〜〜!本当のことを〜〜〜」


「税金も増えるし…」

「どこでそんな姑息な知識を〜」

「ワイドショーで言ってたし〜」



 微妙に黒気味なキラの発言に、この時なぜかパトリックは沈没した。

 そんなこんなで数年後、めでたく一緒になった夫婦は今日も元気に神社にいた。出かけようとする妻
に、祝詞をあげていた旦那が心配する。

「大丈夫か?重い買い物するならついていった方がよくないか?」

「大丈夫だよ!ヘンな男が寄ってこないように、ちゃんと結界の張り方も覚えたし」


「困ったらすぐに呼んでくれよ」



「けど、もう直衣のまますっ飛んでこないでね」

つまり、以前そんなことがあったらしい。



「ちゃんと着替えてから行くから」

「んじゃ、行ってきます。今日もうじゃうじゃウザ男退散、専用結界〜ハッ!!!ぁ!アスラン以外〜v」

 そして前代未聞の二人は、この世ならぬモノを着実に増やしていったらしい。

 ちなみに問題の区画整理はというと、道路のど真ん中にいかにも邪魔な大樹がそのままどーんと居座っ
てる、というかなりいびつな造りになってしまった。


 その苦肉の策の裏には、



「アスランが幸せなら良いのv」

「キラが笑っててくれれば、充分」



 などという、自分たちのことしか考えていない二人の存在があった。


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いいわけ:アスランさんは結局、神社の神主さんになってしまったのです。宮司アスランなんて初めてだー(笑)ちなみにキラちゃんを樹医さんにしようかと目論んでましたが、やめました。長くなるから。それでは…逃げます(笑)

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