−第5話−

 

 その日、診療所の医師に一言告げてから、キラは部屋のベッドに突っ伏して泣いていた。電気も点け
ず、夕方フレイが簡単な夜食を持ってきても、動こうともしなかった。

「キラ…?」

「点けないで」



「?」

「点けなくていい」


 しばらくわんわん泣いて、フレイに背中をさすってもらうと涙がやっと出てこなくなってきた。

「何か言われた?」



「僕には…まだ、怖いよ……」

 そう言ってキラはフレイの手をきゅっと握る。



「あんな人が来るなんて思わなかった。あんな…強い人………」


「ここから離れることは、いや?」



「フレイを置いていきたくない」

「だだっ子…」


「判ってるよ…。ここで僕がいくら反発したって、僕はやっぱりアスランのこと好きになるんだ。フレイを置
いて一緒に行っちゃうんだ…」


「じゃぁそうするしかないわね」

「フレイ…」



「キラ言ってくれたでしょ?私がここにいる理由」

「…ぅん」



「だったらキラも、そう言う役目なのよ」


「…一緒にお風呂入っていい?」

「いいわよ」

翌日、晴れ晴れとしたキラは病室に朝食を届けに行って、いつものようにウンザリした。



「またか…」


テーブルの上に置かれたどこからどう見てもラブレターの山。つと窓を見ると、数枚の立て札を持った男
が一生懸命自己アピールをしていた。それも、立て札で。



<お手紙、読んでくださいました?>

<今の気持ちを精一杯込めました>

<今度の男はちょっと若いからって、ふらっと騙されないでくださいよ>

<キラちゃんは僕らのアイドルなのです>





「…………………」


次から次へと、立て札にペンキで文章を書いてはキラたちに見せようとしてくる。



「ごめんね、環境悪くて…」

「何というか……俺が動けないことを良いことに…」



手紙だけならまだ良い。綺麗にラッピングされた小さな箱まであるのだ。そっと置かれたメモ紙には、想
像の範囲でトンでもないことが書かれている。



「何て?」


「言わなくても判るでしょ?この小箱……」



何で「薄さ0.003o」とか

「チョコバナナ味」とか

「ジェルつき」とか



露骨な宣伝文句が書いてあるんだろうな………と、笑いが乾いた。





「そりゃ…男性不信にもなるな………」

アスランの視線の先には、一体どこの通販で買ったのかと思われるような際どい下着があった。



「こんなの贈られたって、僕が使うわけないでしょ!!!」


それは………確かに、気持ち悪い。


しかもこんな孤島じゃ、引き取り手もいない。売り飛ばそうにも、島の人は素朴な人ばかり。



「今までにも?」

「もうそろそろ、裏の納屋が一杯になるんだよねー。置き場所なくなるから困るしー」


「だったら、俺が何とかしてあげるよ」

「ん?今日も元気に食べてくれる?」



アスランは目をぱちくりさせ、笑った。


「なんでそうなるかなー」



「それは僕が担当だからに決まってるじゃん」

 笑った彼女の顔を、本気でアスランは可愛いと思ってしまった。


 ああ、これだ。彼女は癒し系天然少女。その波長にアイツらは癒されにやってくるわけだ。


 彼女は気づいていないかも知れないが、ある種のオーラを振りまきながら歩いているようなもの。だから
ストーカーたちが次から次へと群がってくる。

 しかし、いくらキラのことが好きでも、キラが誰かと恋人になったりされたら困る。ましてやいなくなっても
困る。キラの側にいると、何となく癒される。だからこそ、近づきたくても、あの男たちはお互いに協定を結
んで、牽制しあってるのだと理解した。


 確かにこの状態では、人数が増えていって、都会では困るだろう。だからこんな、異常に交通便の悪
い孤島にいるわけだ。





「幸せに…してあげたいな……」


 呟くと聞こえていたのかキラが真っ赤になっていた。手に持っていたバインダーで顔をはたかれ、カエル
の潰れたような声が出た。



 ふっと気になって外を見ると、また立て札が立てられている。


<ざまぁみろ!>

<キラちゃんに失礼なこと言うヤツは、おしおきだ!>



「アレは止まらんのか?」

「止まらんねぇ…」


 キラは溜息をついて、朝食のトレイを片づけていった。

それから数日、朝に晩にキラとフレイが付き添ってはいたが、やはり病状は一向によくならなかった。遂
に咳とともに血を吐いた日、キラにも変化が起こり、事態は急展開を迎えることとなる。



「嫌〜な夢見た…」

「夢?」


「大きな木が血ぃだらだら流しながら、僕を追っかけてくるの」



「……………は?」


それが何の関係があるというのだろうか?

アスランの判らない分野の話になりそうだった。



「は?じゃないよ。その木、君が頭から生やしてる木なんだ」





イヤ、フツーに考えて思う。頭から木を生やしている人間なんかいない。

「僕が何でアスランに襲われなきゃいけないのか、さっぱり判んない」


などという、キラの表現を聞いて、思わずのどがごくりと鳴った。顔が真っ赤になっていたのだろう。またし
てもキラにはたかれる。

こうも、患者に優しくないナースなんてのも初めてだ。



「俺の頭から、木ねぇ…。どんな木なの?」


「すっごく大きい木。最初見たときは気づかなかったけど、そう言えばだんだん元気がなくなっていってる
ような気もする……」



何だか心当たりがあるような気がした。キラの話を聞けば聞くほど、自分の病状の悪化にリンクしている?





「どんな感じなの?描いてみてよ」

何の気なしにそう言った。暇つぶしくらいにはなるかも、程度の気持ちで。



ところがお世辞にも上手とは言えないキラの絵に、ハッとなる自分がいた。


もしかして………。


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いいわけ:キラが女の子だったら、女優と手を繋いでも、一緒に寝たりお風呂に入ってもいいと思うのです。男だとヤダ。なんでかな。
次回予告:これのどこがしんみりした話なのか!もうガマンできません。お笑いで締めます。

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