−第4話−

 

「だって俺はこんなところで終わる人間じゃないんだろう?」

「うん。それは…そぅ………だけど…」

「俺は元気になれるんだろう?」


「うん」



「だったら、俺は何もできない存在じゃない。アイツらが本当に嫌なら、守ってあげられる」



「食欲湧いてきた?」

「そんな事じゃない」


 強い語調に、キラはたじろいだ。だがここまで言ってしまったのだ。今さら引き返せない。


 相変わらず窓に貼り付いた顔とか見ると、余計に焦ってしまう。



「……でも…」


 キラはためらう。

「俺は、嫌い?患者としてしか見られない?」


「違う……けど…」

「けど、何?それとももう結婚してる?」


立て続けに詰め寄ったアスランに、キラはたまらず涙をこぼした。



「結婚してもいないし、誰かと付き合ってる訳じゃない。だけど…誰かと付き合うなんて、もうできないよ」


「どうして?」


「怖くて…。以前、それで何度も振られてるから……だから」



 視線が痛くてキスもできやしない。ウンザリしたようにそう言われた。


「じゃぁ試してみよう」

「どうせまた、同じ事になるなら…」


「なるかならないか、試してみなければ判らない。俺が途中で音を上げるかどうか、キラがよく見て判断す
ればいい。俺はこの通り、しばらく動けずにここにいるから」

医者もさじを投げた患者だ。確かに衰弱の激しいこの身体では、歩くことも満足に出来ない。



「僕が可哀相だとか、そう言うことを思って言ってるんだったら…」

「じゃぁキスしよう。俺は迷ってなんかいないって、判るから」



辛そうな表情だけれど、生きることに光る瞳に、キラは吸い寄せられた。よく考えもせず近づいて、そっと
顔を寄せるとアスランはホッとしたようにありがとうと言って、キラに唇を重ねた。

外のストーカーたちの歯ぎしりを知りながら。

「ッ!」


 その瞬間、流入してくるヴィジョン、そして助けてくださいというアスランのものではない声に、キラは身を
硬直させた。


「ごめん…びっくりさせた、かな?まだ、怖かった?」

「いや、違う。今、助けて………って…」

「え?言ってないよ?」


「いやそれは知ってる。君のじゃない……」


キラはあさっての方を見つめている。その視線に一瞬嫉妬した。



「ねぇ、キラ?そろそろ代名詞止めてファースト・ネームで呼んでくれない?」


 折角本当の恋人になれそうな感じがするし…と言ったら、キラに頭をぱこんとはたかれた。

「違うって!そういうことじゃないんだってば」

「…じゃぁ何?」



「何かを助けなければいけないんだ、きっと」


「………へ?」

いきなり真剣になったキラに、いささかついていけない時があった。

きっとそういうとき、キラはアスランの見えないものを見ているのだろうと、ぼんやり納得した。



「ああ〜それが判れば苦労しないのに〜〜〜」

「どういう…事?」


「たぶん君の身体は何かとリンクしているんだ。だからそっちを助けない限り、君も助からないんだ…」



手の施しようがないと言われてきた。原因は不明で、あらゆる手段を執ったと。それでも、足りない何か。

現代医学で救いきれない何かに、キラは気づこうとしていた。





「また何か見えるの?」

「全然!窓の外のストーカーと、君だけ」


こんなに近くにいるのに!



「じゃ、俺だけ見ててよ。今は」

「そんなことどうでもいいよ」


「よくない。俺は見つめてて欲しい」



目の前に、彼女がいるのに!


「今は熱に浮かされているだけ」

それでも彼女は自分を見ていなかった。

「熱なんか出てない」


 渾身の力で動かした腕は、キラからまともな言葉を奪った。


 比喩でもなく目と鼻の先に見えるキラの頬が、ほのかに染まったのを確認してアスランは優越感に似た
満足感を覚える。何もかもがまやかしに見えた時期がウソのように、今は生きたくて仕方がなかった。



「温か…」

「そりゃそうだよ、ちゃんと生きてるんだから」



「柔らか……」

「キラのはもっと柔らかかった」


 そう言うとキラの顔から湯気が上がっていて。どこかで見た茹で蛸みたいだった。



「俺さ、頑張って生きるよ。食欲なくてもちゃんと食べる。キラの笑った顔が見たいから」

「君……」


「だからお願い。俺のファースト・ネームを覚えて欲しい」



「アス………ラン…?」


「最初はフリでも構わない。アイツらが手出しをしない程度に協力するよ。でも、これだけは忘れないで」



「……………」


「俺は…君の心が欲しい」

思わず引き気味になる。それが彼を悲しませていることなど、よく知っていた。



「待ってる」


その瞬間、キラは居たたまれないような表情をして部屋を飛び出していった。



後悔はしていない。今、彼女に伝えられるだけの想いは全て伝えた。


生きること。

望むこととか喜びとか。


彼女が教えてくれたと思った。たった1日足らずで、それは凄いことだった。



彼女は決して人を見た目で判断するような人じゃない。それは、言わずとも理解できていた。あとは、彼
女をもう二度と悲しませないこと。

都会の邪念に疲れ、トラブルに巻き込まれ、逃げてきた先でもストーカーに見つかり、痛い視線の中何
人もの人を看取ってきたキラ。



もう、悲しみはこれで終わりにさせてあげたかった。


「俺は……諦めないよ」

独り呟いた。


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いいわけ:アスラン末期患者設定は、一体どこに行ったんだろう(笑)スルーでお願いします。
次回予告:一部に下品なネタがあります。サラッと流せる方だけ次のお話へ(ぇ)

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