−第3話−

 

 彼女の辛い過去はよく判った。

 彼女に対して見る目も変わった。


 そして彼女を喜ばせてあげなければ、などというヘンな意気込みも出てきた。





 ……………が、だからといって現実が変わるわけでも何でもなかった。

病室に、ヘンな男が入ってきてドアの前で待ち構えている。ハッキリ言って不気味以外の何物でもない。
既にアスランの存在は視界から消えているようだ。


考えていることは判らないわけでもない。


要するに、キラがドアを開けた瞬間、彼女を抱きしめようという気だ。

それは説明しなくても、痛いほど判る。



「そんなところにいたら迷惑なんだが」

と言ったところでお約束通り、男はアスランの言葉など耳に入ってはいなかった。ひたすらムフフフとか不
気味な独り言をくり返していた。



「彼女が来たらどうするんだ?」

と言うと初めて、たった今気づいたかのように男は答える。


「ふっふっふ!何が新しい彼氏だ!お前なんか彼女の視界の片隅にすら入っていないってことを、ここで
証明してみせるのさ」

「彼女にその気はないらしいが?」



「恋人気取りも今のうちだ!貴様のその思い上がりも今のうちだ」


まるで子供向け番組のようなセリフを吐き、男はニヤニヤとしたままドアの前で待ち伏せを続けていた。
そこへ足音が聞こえる。


「ほぉら来た!俺に飛び込みに来た…」





アスランは今の自分の身体に初めて悔しいと感じた。こんな時、五体が満足に動けば不審者くらい自分
が取り押さえているだろうに。



「キラ!危ないっ来るな!」



だから、今は叫ぶことしかできなかった。

 運命のドアが開いた。アスランの目がそこから離れられなくなる。


 全てがスローモーションのように見えたと、その時は時間がひどくゆっくり感じられた。



 彼の瞳に、開いたドア、飛び込む男の姿、そしてギャーという悲鳴とともに罠にかかって天井からつり下
げられている男の姿が焼き付いた。



「知ってるよ。ありがとう、アスラン」


 キラが慣れた様子でアスランの名前を呼んだとき、正直ドキンと来てしまった。彼女の後ろには天井から
ぶら下がったまま網に捕らわれている男の姿が、ぶらんぶらんと見える。



「それは良いけど、あれ……」

「あ、うん。ちゃんと引き取りに来てもらうから」

「引き取り?」



 そしてつかつかと歩いてキラは窓を開け、窓の外に見えるテントに向かって叫んだ。


「抜ーけー駆ーけ〜。取りに来て〜〜〜」



 するとすぐに数人から「判りました!」と声がかかり、罠にかかった男のもとへやって来た。





「もぉ!迷惑なんだけど、こういうの!仕事にならないの!」

 ぷりぷり怒ってみせるキラに、罠を外しつつ別の男が頭を下げた。


「申し訳ない!協定を破ったこの男には充分言って聞かせておきますから!」



 側でまた別の男が説教を垂れていた。

「俺たちに黙ってこんなことして!ラブアタックの十戒を忘れたのか!抜け駆けは仲間から外すと、あれ
だけ言ってあったな!」

「ヒィ…ッ!それだけは……」


「言い訳があるなら、向こうでじっくり聞こう。みんなを緊急招集だ」

「よし。早速緊急招集メールを送ろう。ではキラちゃん…この男のことは忘れてくれ。じゃ」

 そして男どもは去っていった。何も知らない人が見れば、格好良い去り方だった。



 何も知らなければ。





「どんなにかっこつけたって、ストーカーはストーカーだから!」


彼らの知らないところで言われたキラの言葉は、当然ながら彼らには届かない。

「というか…というか!女子高生か!アイツらは」



キラは乾いた笑いを漏らす。

「まー似たようなもんだから」



クラスの憧れの格好いい男の子。


その彼に告白したいけど、先輩を初めみんながチャンスをうかがってるみたい。どうやらとある集団に入
らなければ、抜け駆け告白とみなされて仲間外れにされたりいじめられたりするらしい。



規約その1、彼を愛する心は皆同じ!彼の悲しむような行為はしない

規約その2、抜け駆け厳禁。告白は、同盟の了承を得てからするべし

規約その3、彼の迷惑になることをしない。下駄箱ラブレターは抜け駆けとみなす



………みたいな。





「キララブ同盟って言うらしいよ」

「……………はぃ?」


「ファンクラブみたいなもんだと思って、テキトーにあしらっておきなさいって、教えてくれたのもフレイなの」

非常に納得する。しかし、なぜかモヤモヤ感はますます酷くなっていくような気分がしてならなかった。

「だから、俺のこと新しい彼氏だって、そう言ったんだ?」


「うん。迷惑だってことは知ってたけど…ごめんね。あの通り、アイツら自分たちでヘンに牽制しあってるか
ら、そうしたほうが便利なんだ」


「確かにストーカーって言っても、重病患者を手にかけるほど人間じゃないわけないし?」

「今までここに来た人は、ほとんどそう言う人かお年寄りだったから」


 そう言う人だと知ってるからこそ、余計に手が出せないのだと。

 卑怯だとは思うけどね、とキラは肩をすくめて見せた。



「じゃぁ、俺がここで充分な看護と平和な時間を得るためには、君の恋人のフリをすればいいってことだ
ね?」

「悪いとは思うけど…。決まり事とか、そういう風に軽く考えてくれればいいから」



「フリじゃなきゃいけないの?」

思わず口が滑った。言った後でしまった、と思った。





「どういう…事?」


 不思議そうに聞き返してくる彼女の様子に、少し後悔がよぎる。だが、言ってしまった言葉は、今さら取
り消せるものじゃない。


「本物の恋人って言う選択肢は、ないのかな…って思って………」



 動揺するキラの頬に、微かに朱が走るのをアスランはしっかりと見た。


第4話へ→
いいわけ:ストーカーのイメージぶち壊し…。規定概念を壊すことはお笑いの本領であります←何のこっちゃ。こんなストーカーいるのも、たぶんここくらい(滝涙)
次回予告:「アスランです。もう、自虐ネタはやめることにしたとです…」←古!

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