−第2話−

 

 約束通り出された昼ご飯を食べたら、彼女−キラがベッド脇のいすに腰掛けて昔話をしてくれた。膝の
上に本を広げて、適当なときにページをめくりながら。

 窓にちらりと視線向け、ああそういうふりをしているんだと理解した。

 貼り付いてるストーカーの数が2時間ごとに増えていっていくような気がした。



「人数、増えてない?」

「増えてるよ。ここんとこ少ない方」

「みんな仕事とかあるんじゃないのか?」

「うん。合間を縫って懲りずに通ってる」


「気持ち悪くないか?」

「そりゃ、怖いよ。寝てたら夜這いされたこともあったもん」



 目が点になった。確かに想像すると、怖かっただろう。そのことを淡々と言う彼女の剛胆さにも驚いたが。


「夜這い…って、君も…女の子なんだから、一人じゃ不安じゃないのか?」

 アスランの視線は、既にキラに釘付けになっていた。

 世間を諦観していた数時間前までの彼は、ここにはいなくなっていた。そんな彼に、キラはからからと
笑い飛ばす。


「だって、ナース僕一人じゃないもん。もう一人、先輩がいるんだ。赤毛で、明るい人。フレイって言うん
だけど、彼女と一緒に寝てるから大丈夫」

「……そぅ…」

キラからの返事を聞いてアスランは安心した。


だが同時に、少し寂しい気がして。

でもそれは単なる感傷だと思った。



そんなことより、キラのことが気になって仕方がなくなっていた。

彼女は確かに若い。ナースの資格を持っているなら、こんな寂れた孤島の診療所でホスピスなんかして
いるようなことは普通ないはずだ。


それがなぜ。


次から次へと、聞きたいことが沢山出てきて、焦りにも似た気持ちに駆られていた。

 少ししてキラが席を外して、点滴を取りに行っている間にも、窓から見えるストーカーたちは諦めた様子
もなく。


 こいつらはどうして、こんなところで自分の彼女にもなれないようなキラを見張っているのだろうかとか。
あふれ出る疑問に自分でも飽和状態になった。



 本当に、こんなことはなかったのに。





「視線が、痛いんだけど…」

 点滴の針を刺しているキラから、ついと視線を外し外を見ると、外の人たちの目もギンギンにぎらついて
いた。

「相手にしてたら、キリないよ」


「だが、これでは!」



「本当はね、僕もここに逃げてきたんだ」

「………ぇ…?」


「同じことが、前に勤めてた病院でもあって……トラブルになって…だから」

 キラは苦しげに笑った。だからアスランは、それ以上彼女の口から辛い過去を言わなくていいと、ごめ
ん…と謝った。

「大きな病院だった?」


「……ぅん…」



「ごめん。俺、辛いのは自分だけだって思ってた」


 こぼれ落ちる涙を見たくなくて、腕が無意識に上がり、彼女のまぶたをそっとなぞる。すると彼女はハッ
とした表情になって、そして飛び上がって喜んだ。

「すごいや!うんうん、大丈夫!早速先生に伝えてくるねっ」



 言うなり彼女は、はしゃぎながらこの部屋を出ていった。

そして、打ってかわってしんと静まりかえった、ある種不気味な時間が経過し、その扉は再び開いた。

「キラ…」


カチャリという音に敏感に反応して、覚えたばかりの彼女の名前を呼ぶと、今度は知らないナースが入っ
てきてびっくりした。


「あら。またキラはそう言うことにしてるのね…」



赤毛で、ちょっと勝ち気な瞳が印象的な、こちらも若いナースだった。彼女が、キラの言っていたフレイと
いう人だろうとすぐに判った。


「フレ…イ、さん?」


「キラから名前を聞いてたの?」

「ええ。その…ストーカーの話、本当なんですか?」

 フレイというナースは、持っていたタオルをぎゅっと絞ると真正面からアスランを見据えてきた。



「それをあなたが聞いてどうするの?」

「気になっちゃ、いけないのか?」



「聞きたい?」

「とても」

「じゃぁ、体を拭くから素直にしてて。それと、ちゃんと晩ご飯を食べたらね」



アスランはおかしくなり、ぷっと吹きだした。

「キラと同じことを言うんだ?」

「それが仕事だもの」

「判ったよ。今キラは?」

「先生のところにいるわ。島の人も具合が悪くなればやってくるもの。私と交代」





 体を拭いてもらって、約束通り晩ご飯を平らげた。そして、フレイというナースからも意外な話を聞かされ
た。



 この島に逃げてきてから、キラが笑顔を見せてくれるようになったこと。

 自然に囲まれて、幸せそうだったこと。



 だがそれも、だんだんなくなっていった。忘れた頃に一人に見つかると、瞬く間に情報が流れた。

こんな孤島に入院する人なんてほとんどがホスピス。そんな患者と親戚だとか知り合いだとか、時には
恋人だとか言って逃げてきた。ストーカーも、そんな末期の患者には手を出さないから。隠れ蓑にしてき
た。


「それでも、数が激減してるから、キラには幸せなのよ」


「いや、そういう問題でも…」



「あの子ね、見えるでしょ?」


聞き返すまでもなかった。

「あんなのが沢山まとわりついてるとね、判るでしょ?沢山の邪念に自分が押しつぶされそうになるのよ」



だから気丈にふるまって、剛胆なこと言って、南の島とはいえ夜は冷えるのを知っていながら窓をぴしゃり
と閉める。


それは本当は彼女にとって辛いこと、そんな本音を聞かされた。



だから、明日彼女に会ったら笑って「おはよう」と言おう、前向きな自分を見せようと心に誓った。


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いいわけ:秋山は何となく判ることもある程度です。うちのお犬様はハッキリ「見えて」いるようです。壁に向かって吠えられるとさすがに気づきます(笑)
次回予告:ストーカーが人生を変える。

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