−第1話−

 

「申し訳ありませんが…」

「精一杯、打てる手は全て試してみたんですが……」


 そんな主治医のひそひそ話を、よく小耳に挟んだ。


 病室から出てすぐのところじゃ、いくらなんでも聞こえてしまう。それが自分のことであればあるほど。

 だから、もう、自分は長くないのだと、そのことだけはハッキリと判っていた。





「まだお若いのに…」

「これから未来があったはずなのに」

「お気を落とされませんように」



 もう、周囲の人々の間ではいない存在なんだろうな…と、思ったがそれは不思議にも別に悲しい訳じゃ
なかった。単純に、ああ…そうなんだ、と頭の中で酷く冷静に理解していた。

 だから、南の島の小さな診療所に転院する話も、素直に受けた。



行ったら、想像と違ってこぢんまりとした、だけど優しい雰囲気のする村の診療所という感じで、ああここ
はホスピスなんだ……とハッキリ理解した。

ところが、だ。



「あははははははははっ!あは…っ、ダメ……涙出ちゃう〜〜〜」


目の前にやってきた若いナースは俺を見るなり、大声で笑い始めたのだ。初対面の相手にいきなり笑
い出すなんて、失礼な人だ。


扉を閉めてちょっときょとんとしたときの表情は、可愛いと思ったのに。





「俺の顔に何かついてますか」


少し腹が立ったので、アスランはナースに少し当てつけた。酷く痩せた身体、真っ青な顔、今までそんな
患者くらい不思議ではなかっただろうに。


「だって…だって!君、頭から木が生えてる〜〜〜〜」





アスランは一瞬、この女は頭がおかしいのかと思った。


だからこんな孤島でナースをしている?

でも、頭がおかしいんじゃナースはできない。



あ然としたアスランに彼女は説明を始めた。


「ごめん…ごめんね。……ぷっ…、でも……君の…」



「だから何!」


彼女の様子にますます苛立つ自分がいた。

今までならこんなことはなかった。自分にこの先、あまり未来がないと知っても、まるで他人のように自分
を見ていたわけで。





「君を…守ってくれる人………じゃないから、生物?僕はね、少し「見える」ほうなんだ」



彼女が何を言いだしているのか、すぐに理解できなかった。からかうつもりでアスランは答える。


「見えるって?何が?背後霊が?」

すると彼女はしごくまじめな顔をして肯定した。



「いるわけないだろ」


「…いるよ。君はここ、ホスピスだと思って来てるみたいだけど、違うよ」





心の中を一瞬にして見透かされたと思った。

確かにそのつもりだった。表情や態度に気を付けて、隠してきたつもりだったのに。彼女にはそれが判っ
てしまったと言うことなのか?それとも、この部屋は「そういう」部屋なのだろうか?


「どの医者も、さじを投げた。こんなきちんとした施設もない場所で、何かができるとは思えない」


「僕じゃないよ。守護霊さんがそう言ってるもん」



「………………はァ!?」



ますます頭がおかしいように見える。おそらく自分の担当らしいナース。


「君は元気になるよ。その為にここに呼ばれたんだから。だから、君が今しなくちゃならないことは、体力
を付けることなんだ」


「なに訳の判らないこと…」

「というわけで、お昼にしましょうよ」





無論彼女は、用がないからアスランをからかいに来たわけではなかった。トレイの中には、簡単な昼食が
用意されていた。

見たところ、そんなに特別なメニューにも見えなかった。



「じゃぁ何?他にはない特別な効能があるとか?」

「は?全っ然!フツーのご飯だけど?」


「じゃぁなんで医者でもないのに、俺のことが判るって言うの?」


アスランはこの時初めて彼女に興味を持った。

確かに今まで、こんなナース、いなかった。



「食べるの?食べないの?」


「……要らない」

と答えた途端、目の前の彼女にびんたを食らってしまった。それも割と容赦なく。


確かにいない。いなかった、こんなナース。


「えんらい人お付きに付けて、頭から大樹生やして、これでもかって言うくらい守られて生きてる人が、こ
んな小さいことでうじうじへたれてるんじゃない!」



意味はよく判らなかったが、何だかカチンと来た。

何かを言い返してやろうと思い、視線がさまようと窓枠の隅っこにあり得ない映像をアスランは見つけた
のだった。



「ちょ…ちょっと………人!人が…!!」

 叫んで指さしてもその人の顔は消えなかった。


 ということは、オカルト現象じゃない。間違いなく生きている人だった。



「ああごめん。ここ、ストーカー来るから」


「…………………へ?」



今彼女は何と言った?


「だから、ストーカー。聞こえなかった?」





アスランがぽかんとしている間に、彼女は窓をガラリと開けて外の人にとんでもないことを言っていた。



「キラちゃん…やっと俺のもとに来てくれ…」

「君もいつも大変だねー。仕事は?」

「1週間の休暇さv」


「残念だったね。この人僕のいい人なんだ」

「騙されてるんだよ!」


「付き合ってるんだ」

「どうせ別れるさ」



「今、すっごくいいとこだから。きっと帰ったら可愛い彼女さんが待ってるよ」

言い終えると同時に窓をぴしゃりと閉めた。

「…というわけで、ストーカーいるから。夜とかカーテン空けると時々ホラーな光景が見えるから止めとい
た方がいいよ」


しかし、そんなこと言われて理解もできないし納得もできないのはアスランのほうだ。



「ちょっと待てよ!俺たちついさっきが初対面だろ?それが何で、そういうことになるんだ!」


「しばらく手を出してこないから」



「事態も理解できないし、意味がサッパリ判らないんだが…」


「理由聞きたいの?」

「ああ、聞きたいな」


「じゃ、お昼食べてくれる?」





「食べたら、俺が満足する答えを聞かせてくれるんだろうな?」



「たぶんね」


その日、久しぶりにアスランの食欲が戻った。


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いいわけ:一言フォームでリクいただきましたvそれが何がどうなってこんな話になるのか、自分でもフシギです。壁紙のカモメのように飛んで逃げたい気分(笑)
次回予告:今回のフレイはキラの味方なの。

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