翌日、ミーアはデュランダルにエステに行って来るという名目で城を抜け出し、自慢の馬車に乗り込んだ。


 ちなみに馬車の名前はスタグフレーション。二頭引きで、馬車を引く自慢の馬はそれぞれ、「インフレーション」と「デフレーション」という何とも言えない不吉な名前の馬だった。



「さぁ、キラのところへ連れてって」

「かしこまりました」


 中ではミーアが小瓶を大事そうに抱えていた。愛用のハンドバッグの中には、注射器が入っており、これを使ってキラの家にある食品に毒を混入させる計画だ。



「うふふふふふ!キラの知らないうちに混ぜればいいのよ」





「君の瞳の中に、俺は居ますか?」

<第7話>一夜のマチガイ





 そうすれば、自分の仕業と判らなくて済む。

 自分が帰ったしばらく後にキラは知らずにその食べ物を食べる。そうすればキラに毒が回る。どうせキラは一人暮らしで、あの家は市街地からはずれた一軒家。滅多なことで人に見つかるような場所ではない。


 ミーアはそれを最初から知っていて、あの家を選んだ。





 そして、すっかり陽も暮れた頃。ミーアの馬車はキラの住む一軒家の近くまで来た。その日は中から明かりが漏れていたので、仕方なくミーアは”車中泊”する羽目になった。


「いいのよ!しっかり計画を練ってきたんだから!焦らなくてもいいわミーア!確実に、悟られないようにキラをしとめるのよ!ガンバ、あたしぃ」



 ちょっと…イヤかなり悦に入ってミーアはその時をじっと待った。

 すると翌日昼過ぎ頃にドアが開きキラがでてくるのが見えた。


 城から出て一ヶ月以上が経っているのに、キラは予想に反して美しいままだった。透けるような、でも非常に健康的で曇りのない肌。きらきらと光る鳶色の髪に、アメジストをはめ込んだかのような瞳が輝く。



(何でぇ?どぉしてぇ?)


 ふと見ると庭で洗濯物を干しているのに、いっこうにふしくれだった様子も、田舎に染まった感じもなかった。

 その輝くような姿を目に入れるたびに、ミーアから歯ぎしりがやまなかった。


 タリアの言うことが真実だと判るたびに、嫉妬は確実に薄暗い感情へと変化してゆく。



(許さないんだから!このあたしより綺麗だなんて!あたしよりスタイルがいいなんて!あたしより輝いているなんてっ絶対に…許さないわ)


 すぐに洗濯物を干し終わったキラは、いったん家の中に入り再び出てきた。その肩には緑色の小鳥が一羽留まっているだけだった。


(何だ!やっぱり一人暮らしじゃないの!)



 一瞬、他に人がいるのかとも思った。

 だが見る限りではキラの肩に小鳥が一羽かぎり。キラが出かけていった後慎重に家の中を見回しても、他に人がいるような気配はなかった。

 だから、ミーアはすぐに家の中に侵入し、食卓のかごに盛られたリンゴを見つけると、外からは判らないように注射器でリンゴの中に毒薬を混入していった。



「これだけ入れれば大丈夫よね!キラだってイチコロだわ!うふふ!見てなさいキラ!今にあなたはいなくなり、この世界で一番綺麗なのは名実ともにあたしになるんだから!」


 持ってきた瓶のほとんどの液体をリンゴの中に入れたミーアは、怒濤の勢いで居城に帰っていった。少しでもこの家からの目撃者がいないうちに。





 あっという間に時間は経ち、陽が傾きかけてきた頃、キラは戻ってきた。

「あ〜疲れたぁ。でも良かったねトリィ。今日はたくさん売れたから、欲しいものたくさん買えてv」



 あれから一ヶ月と少し。王国の至宝、キラ姫はえらく図太くたくましくなっていた。そして、買ってきた食品の一部を冷暗所に保管し、キッチンに向かった。

「ちょっと果物をつまんでからご飯作ろっか」


 そう独り言を言い、かごの中にあったリンゴを器用に剥いて、その半分以上を食べてしまった。





 夜遅く、一週間ぶりに帰ってきた小人たちは、キラの名前を呼び、返事がないのを不審に思って焦り、キッチンでキラを見つけあ然となった。


「アヒャ…」

「………ぇ?」



「アヒャヒャヒャヒャヒャ………」


 キッチンで、キラが何かに取り憑かれたかのように、笑っていた。ニコルやシンたちに気づく様子もない。



「間違ってレジェンドでも食べたのか?」

 レイがいぶかしむ。レジェンドとは笑茸の一種だ。


「けど、キラには森の中には入るなって言ってあるし、一応危険な食べ物も教えてあるけど…」

 確かにディアッカの言うとおりだった。


 森の中だけでなく外にある危険な食べ物の情報も、実物付でキラは一通り頭に入れている。しかも笑い茸は黒を基調としたトリコロール・カラーであり、間違っても手が出るようなキノコではなかった。



「アヒャヒャヒャヒャ………」


 ニコルたちの目の前でキラはしばらく笑い続け、そしてある時を境にパッタリと倒れてしまった。

「ああっ!キラさん…」



「しまった、ニコル。蘇生できない…かも」


「………え……」

「何があったんですか!キラさんっ」



 森の奥深くに薬草を取りに行くため、一週間ほど家を留守にしていた矢先の出来事だった。





「とにかく原因を知らなきゃ、どうにもならんだろう」

 イザークのセリフに、他の4人は我に返る。

 必死に身の回りの異常を探し、そして食べ残しのリンゴが目に入った。乾燥してないから、先ほど切って食べたのだと思われた。


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*kiminohitominonakaniorehaimasuka**kiminohitominonakaniorehaimasuka**kiminohitominonakaniorehaimasuka*
言い訳v:申し訳ありませんが、秋山は死にネタは苦手なのです(ペコリ)
補足説明:スタグフレーション…不況下で生産物や労働力の供給過剰が生じているのに、物価が上昇する状態。
次回予告:毒薬を解析したニコルたちの取った、驚愕の生き残り作戦とは?次回、飛んで火に入る夏の虫。

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