「殿下、あまり森に近寄られますと危ないですぞ」


 部下が注意深く制する。


 殿下と呼ばれた、少年から青年へ移行しかけている人物は、判っていると言いながら森の奥深くを注視していた。


「国際問題にはしない」

「いやそー言うことじゃないです」


 それはそれで問題だ。なぜならここから向こうは隣国の土地なのだから。

「?」


「うちは殿下お一人ですので、今殿下を失うわけにはいかんのです」

「大丈夫だ。一応ないとは言えないまでも柵があるし、ここが国境だと言うことも判ってる。隣国へ入るならきちんと外務省を通すから…」


 言いかけながら首を突っ込んだところで、何かが森の中から飛んできた。それを一瞬の判断力と機敏な動きで彼はよけた。





「君の瞳の中に、俺は居ますか?」

<第6話>幼妻の不満、隣国の情勢





 ふと後ろを見ると、それはイガの付いた栗だった。


「ああいわんこっちゃない」

「なんなんだコレは!」


「ああ、これはポインターという栗でしてね。人の侵入に反応して、きちんとポイントして実をぶつける習性のある樹木です」



「………は?」



 彼が驚くのも無理はなかった。こんな森、ファンタジーの世界じゃあるまいし。


「この森は人の侵入を拒むんです。この栗だって、実はとても美味なんですが、こうやってぶつけられると結構痛いですよ」


 だから今まで、人の侵入があまりなく独自の進化を遂げてきてると、部下は説明した。

 それでも無視をして森の中に入ると、枝がぶつかってきたり、蔦に投げ飛ばされたりする。イガやクルミの一種を投げられたりすることもしょっちゅうだ。


 逆から見ればそうやって種を樹木から遠くに飛ばすことで、種としての安定した繁栄を支えてきているということが言えよう。

 実際、良くできた進化のシステムだった。





「では、俺たちは入れないと言うことか?」

「いいえ」

 と、部下は即座に否定した。


 この森に入れるという。唯一の手段があると、彼は言う。それは、伝説にある小人族に接触することらしい。小人族に、中に入って目当てのものを取ってきてもらえば、安全かつ確実に目的が果たせる。



 だが。


「まぁこれは私たち人間がいけないんですが、あまりに小人族を冷遇してきたツケと言いましょうか…」


「人は嫌われている、というわけか…」

 部下が言葉を濁した先を、皇子は思慮深げに言った。



「とにかく、その小人族を見つけるしかないな」

「はい。いったん王城に戻り、隣国へ入る手続きを取りましょう。今回はお忍びということですので、殿下には失礼なことやご不快なことも多々あるとは思われますが…」


「それは構わない。俺だって判って行くのだから。それに、聞いた話では、母上を助けられる薬草はこの森の奥深くにしかないんだ。本当は今すぐにだって森の中に入っていきたい」

「殿下。それだけはご自重下さい。我が国は殿下だけが唯一の頼りでございます」



「判っている…」

 皇子は、言葉を苦しげに吐き捨てた。





 そのころ。当の隣国ではミーアがなにやらはしゃいでいた。

「ふふふふふふふっ!これで遂にさよならだわ!目障りなキラとも完全にさよなら!キラがいるせいで不愉快なことしか言わないタリアの発言ともさよなら!あたしは名実ともに、全世界で一番賢くて美しい存在になるのよ!」


 ミーアは自室でほくそ笑む。

 ここのところ、マジ切れした鏡が非常に正直なことしか言わなくなったため、ミーアの機嫌は日に日に下降していったところだった。


「タリア!本当のことをおっしゃい!あたしが!一番キレイなのよねぇ?」

「……………。何度言わせれば判るの?綺麗なのはやはりキラ様です」


「キラなんて、キラなんて!今頃田舎村でのロンリーライフがたたって、ごっつい女になってますことよ!」



「いいえ。私には全てが見える能力があります。やはりどう比べても、キラ様が一番綺麗よ。身も、心もね。あなたとは大違い」

「なんてこと言うの!このあたしに向かって!あたしを誰だと思っているの?この国の王妃よ。だったら王室の備品であるあなたはあたしに従い、機嫌を取るのが当たり前でしょ!そんなこともできないの?このクズ鏡!」



「いい加減になさい!私には真実が見えるんです。真実を言わなければ鏡としての価値はないわ!誰かにおもねって、それで得られる地位なんて今この場で吐き捨ててもいいわッ」


 などという会話があったばかりで。ここ連日ミーアは地団駄を踏んで悔しがっていた日々が続いていたのだ。だがその忌々しさともこれでさよならだった。





「うふふふふふ!この超強力な毒薬!デフレ・スパイラルさえあればキラだってイチコロよ!」


 不吉な名前の毒薬の入った瓶を片手に、ミーアは一日中怖い笑顔を隠せなかった。


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*kiminohitominonakaniorehaimasuka**kiminohitominonakaniorehaimasuka**kiminohitominonakaniorehaimasuka*
言い訳v:そりゃ白雪姫なので当然「毒薬」が出てくるわけなんですが…それにしても、嫌な名前の毒薬だ(笑)
補足説明:デフレ…デフレーション(インフレーションの逆)を表す経済用語。社会的に価格は下落するが、企業の倒産・失業者の増大など不況や社会不安を伴う。スパイラル…らせん
次回予告:超あり得ない毒薬!

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