そのまま誰も入ってこなかったので、キラは朝まで寝てしまった。ノックの音など聞こえようはずもなく、誰かが自分の名前を呼ぶ声で目を覚ました。


「あれ?あなた…は?」

「初めまして。今日からキラ様付きの女官としてお世話させていただきます。ルナマリア・ホークです」

「ルナマリア…さん?」

「もったいないですキラ様。ルナマリア、と呼び捨てになさってください」



「あ…でも僕居候の身だし…」


 キラはヒラヒラと手を振る。

「そんなことないですよ。キラ様は将来のこの国を支えていかれるお方です。もっとご自分に自信をお持ちになって下さい」


 キラには言われた意味がわからなかった。

 どうして?いつの間にそんな話に?



「だって、色々あって国には帰れなくなっちゃったけど、本当ただの居候だってば」


 なんだか大変な立場かのように色々と世話をされるのが、キラにはくすぐったい。





「君の瞳の中に、俺は居ますか?」

<第14話>アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!





「でも、殿下はキラ様にぞっこんでいらっしゃいますわよ」


「殿下…?」

「皇太子殿下です」


「って、アスランのこと?」

「さようでございます」

 含むところがあるようなルナマリアの言い回し。


 それは判るが、今のキラにとってアスランは単なる恩人だった。



「違うよ、アスランは困ってる僕を助けてくれただけ」

「ご謙遜を。殿下は既に皇后様にご報告に行かれたそうですよ」


「報告?何を?」

「キラ様を皇太子妃にお迎えになられるお話です」


 沈黙が、嫌なほど重苦しい雰囲気を醸し出した。



「…………………………………は?」





 薬が効いてない状態のキラには、まさに寝耳に水の話だった。

「え?」


「冗談でしょ?アスランって悪いけどへたれじゃん。僕はもっとしっかりした人がいいなぁ。面白い冗談だったけど、聞かなかったことにしておくね」



 そう。今のキラは驚くほど素だった。

 しかし、それも長くは続かなかった。噂の種であるアスランが部屋に入ってきたからだ。その姿を見た途端、キラは彼に駆け寄っていった。



「ど…どうしたのっ?顔、腫れてない?」


 聞けば、ほぼ一晩中同じ部屋にいながら結局「ほっぺにちゅう」止まりだったアスランを、実の母親が全然、全く、何の容赦もなくコテンパンに殴り倒したかららしい。


「ぅん、ごめんキラ。遅くなって…」

「そんなことはどうでもいいよ。ルナマリアさん、何か冷やすものを……氷水とタオルを貸してもらえませんか?」


 先ほどの余裕が一転。瞬時に変わったキラを見て、ルナマリアは理解する。キラは恥ずかしがっているだけで、皇太子のことが好きでたまらないのだと。


 彼女は、事の真相を知らない人たちの一人だった。

 ルナマリアが持ってきた氷水と、タオルを受け取るとキラは有無を言わせずにアスランをベッドに寝かせ、かいがいしく介抱を始めた。





「アスラン、アスランどうしたの?急にいなくなって、淋しくて…ずっと待ってたら今度はこんな…」

 キラは決して演じているのではない。

 彼女は今本気でアスランを心配しているのだ。それが薬のせいだとは知らずに。



「ごめん。ごめんねキラ。そんなに淋しい思いさせた?」


「うん。もう、どうしたらいいか…わかんな……」

 キラは途中から泣き出してしまった。アスランにすがり、その瞳からは涙がこぼれて止まらない。


 そんなキラの頭を優しくアスランは撫でた。

 どうしようもなく愛しさばかりがこみ上げて…薬のせいだということも忘れがちになる。



「大丈夫だから。泣かないで。キラが泣かないですむように、ちゃんと頑張るから」


「アスランっアスラン……。何でかよくわかんないけど、僕だってすっごくアスランのこと好きで…」



 キラはヘンに感じているようだった。

 たった数時間前が初対面だったことも、キラはちゃんと覚えている。だが、おかしいと知りつつも彼女はあまりの激情に逆らえなかった。



「側にいてくれないと…怖くて……わけわかんなくて………」


「……ごめん…」



 泣かせるつもりはないのに、キラはいっこうに泣きやまなかった。

 彼女は自分が「起こして」しまったのだ。その責任がどういうことかを、アスランはキラの涙で知った。



「もいっかい、キスしても……?」

「うん、いいよ」

 キラが即答し、再びアスランが彼女に唇を寄せる。


「頬じゃ嫌!」



 ところがキラから言われてアスランは驚愕した。

 真剣な表情で自分を見つめてくる紫色の瞳。その瞳がキラの意思で閉じられたとき、アスランは一歩を踏み出す勇気を手に入れた。


 今度はお互いの意思で唇が重なる。肩に添えられすがってくるキラのか弱い手が、無性に愛おしかった。


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言い訳v:サブタイトルに困ったわけじゃないんですよ。惚れ薬を飲んで「アヒャヒャヒャ…」という伏線を受けてます。
次回予告:全ては皇后レノアの目論み通りになります。次回で最終回。

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