「いいや、俺は皇太子」


 しばらくキラから返事が返ってこなくなった。固まったような彼女の様子に、不安がピークに達する。



「キラ?」

「あっごめん…っ、なさいっ。助けてもらったのに、その…」

「判ってる。いきなりでごめんね。びっくりしてるよね?」


 キラは頷いた。というよりうつむいてしまった。すぐに小刻みに震えだす彼女に気づき、慌てて肩を抱いた。

 途端、彼女の身体がびくりと反応したのが判った。



「僕…ここを出て行かなくちゃ」


 唐突に言われた言葉が、しばらくアスランの頭に入ってこなかった。





「君の瞳の中に、俺は居ますか?」

<第13話>地位と立場と本性と本音





「そんな、皇子様だったなんて……。知らなくて。あなたはこの国を継ぐんでしょう?だったら、あなたに迷惑…かけられない」

 語尾が震えているのがハッキリと判った。


 いや、正確に言うなら彼女は泣いていた。



「しばらく、側にいてはもらえない…?」

「だめだよ。今出ていかないと、あなたから離れられなくなっちゃう…」


 ああ、そうか。と、アスランは理解した。

 やはり、キラも自分に一目惚れしてしまったのだ。それがたとえ薬のせいとは言っても。だが彼女は強靱な理性でその激情を押さえようとしている。





「離れなくていい」


「迷惑…かけたくないよ」

 涙を流す彼女の葛藤が、嫌でもよく解った。



「それは違うよ。だって、もう…遅いから。俺が………キラのことを好きだから」


 目が覚めたらあんなことを言おうとか、こんな言葉をかけようとかいう心づもりは、全て吹き飛んでいた。口を開いても、ありきたりなことをとぎれとぎれにしか言えなくて……。


「………僕…」



「呼んで?俺の名前を、ちゃんと呼んで?」

「名、前…?」


「アスランって、呼んで…」

「アスラン…?」


「キラ…君が、好きだから………今まで君を起こすべきかずっと悩んでた」

「アスラン?」

「何者かに薬で眠らされてたのも知ってたし、君が隣国の姫だということも承知の上だった」


「やっぱり、アレ…薬だったんだ」

「うん?」



「半分ほど食べた頃からヘンに眠くなってきたのは判ってた。でも、そのまま寝ちゃって…」

 今に至る。

 その時の経緯も、キラは全て覚えていた。





「誰の仕業とか、そういうのも判ってるの?」

「判ってるよ。確証はもてないけど」


「だったら、なおさらキラを国に帰すのは危険だな」



 キラにはキラの立場、アスランにはアスランの立場がある。隣の国との関係もある。二人の感情とは関係ないところで、政治的判断のために、別れなければならないことがあるくらい、承知の上だった。


「キラ、これから俺の言うことをよく聞いて欲しい」



 それでも。譲れない何かが、確かに存在した。


「俺は………君、君が……」

「?」


「君が……………好き、です。だから…その……キっキラさえ嫌じゃなかったら、俺…と、付き合って欲しいと………ずっと、そう…思ってて………」



 キラはしばらくぽかんとしたままアスランを見つめ、そして頬を真っ赤に染めながらアスランに笑いかけた。


「どうしてかわかんないけど、僕もアスランを好きだよ」

 キラはけろりとして言う。

 それが本気なのか薬のせいなのか、にわかに見分けはつかなかった。





「き…キ………キッ」

「木?」


「ィ…キラ……に、キス……………しても、いい?」

「いいよ」

 またしてもキラは即答する。

 それがアスランを余計に複雑にさせる。もしこれでキラを無理矢理奪うことになったらどうしようかと。



 悩んだすえ、アスランの唇は今度はキラの頬と接触した。


 再びキラと目が合ってしまうと、今度はアスランのほうが耐えられなくなり、自分でも信じられないことに部屋から逃げるようにして飛び出してしまった。

 アスランはしばらく夢中で走り、そして庭園の噴水の前に腰を下ろした。

 そして噴水の水を叩きつけるようにして顔を洗う。


(しっかりしなきゃ!俺がしっかりしなくてどうするって言うんだ)



 強く心で自分に言い聞かせる。

 抵抗できない状態の彼女を、断りもなく自国へ連れ帰ったのも、自室に寝かせ無為に時間を過ごしたのも自分。

 そしてあまつさえ、母親には彼女と結婚すると言ってしまった。


 あの時、彼女からただの一回でも、否定的な言葉を聞きたくなくて、考えなしに飛び出してしまった。


「きっと、キラのほうが驚いているんだろうな…」

 ふっと、自嘲する。

 男のくせに!という、母の叱咤が聞こえてきたような気がした。







 で、同時刻。いきなりアスランに去られてしまったこの部屋で、キラは我に返りきょとんとしていた。

「あれ?」


 話した内容を覚えていないわけじゃない。むしろ逆だ。だが、アスランの顔を見るたびにドキドキしていた心臓が、今はぴたりとおさまっている。


「何なんだろ?」



 今までの自分では理解不能の感情だった。確かに、側にいて欲しいと思った。ずっと自分を見つめていて欲しいと。

 だが、いなくなった途端冷めてしまうこの消失感は何なのだろうか?



「あの人…へたれ?」

 つぶやいて、へたれは男としてヤだな〜とかそういうことを普通に思っていた。


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言い訳v:難産だったけど…へたれバンザイ!
次回予告:惚れ薬の秋山的見解。それはもう、悲しいくらいにキラは素だった!

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