深夜を回っても、アスランは夕食も取らずに一心に彼女を見つめ続けていた。その間中、ずっと不安と格闘しっぱなしだ。


「君は…目を覚まして最初に俺を見るよね?そしたら当然、俺を好きになってくれるんだろうね」

 それは、判っている。



「だけど、君のその気持ちは本物?」


 ずっと…それだけが気にかかっていた。

 好きでもないのに、薬のせいで好きにさせられてしまったら?

 そのことが判ってしまったら?


 キラも、自分もどうすればいい?



 でも、だからといってこのままここで見つめ続けていても、キラが目を覚ますわけじゃない。きっとアスランが年を取っても、白髪が生えても、そして完全に禿げあがったとしても、キラはこの美しい姿のまま永遠に眠り続けるに違いない。

 それは耐えられない。


 きっと、自分が死んだらキラの姿を見た短慮な男が、何も考えずに彼女の全てを奪っていくのだろう。



 自分がどれだけキラのことを思っていたか、どれだけ懊悩を重ねてきたかなど、まるで意にも介さずに。





「君の瞳の中に、俺は居ますか?」

<第12話>清水の舞台から飛び降りる





「キラ…俺は、君が好きだよ。好きすぎて、君に触れるのが怖いくらい…好きだよ」

 アスランは瞼一つ動かさない彼女に熱っぽく語りかける。少しでも言葉が伝わるように。たとえ眠っていても自分の気持ちが届くように。


 丸い月が部屋をこうこうと照らすなか、意を決してキラの手に自分の指を絡ませた。それだけのことでも、心臓が高鳴って自分の声さえ聞こえなくなる。

 柔らかく、温かいキラの指。決してか細いとはいえないが、触り心地のいい感触に頬に朱で染め、我ながら顔が真っ赤になっているだろうことが容易に判る。


 震える指先を、何とかなだめすかし視線は知らず彼女の唇に集中した。



「……………」

 ごくりと、のどが鳴る。同時に、自分がすべてを奪ってもいいのかという自問に、どうしても後ろめたさが拭いきれない。





「キラ…」

 彼女の名前を呼ぶと、少しだけ彼女に近づいた気がした。


 キラ、キラ…と、何度も彼女の名を呼んだ。少しでも彼女の側にふさわしく思えるように。自分に勇気がもてるように。





「ッ!!!」


 一瞬のあり得ない感触に、アスランは我に返った。

 今、少しだけ、キラの指先が震えたような気がした。決してそんなことはないのだと、自分に言い聞かせるが失敗する。


 キラが、自分からの呼びかけに応えてくれたのではないか?そう考えたがっている自分に気が付いてもいた。



(思い過ごし。思い過ごしだ…)



 心の中で強く念じる。だがそれすらも嵐のなかで灯火をともすようなもの。

 都合良く理解したがる気持ちと、そうじゃないと言い聞かせる理性がアスランのなかで暴風雨のように渦巻く。ぐらぐらする頭の中で、やはりというか、欲望が理性を押さえ初め、そして彼にある決意をさせた。





「キラ、ごめんね。やっぱり俺は君が好きなんだ。他の男に…たとえ真友にさえ見せたくないと思ってしまうほど、もう…君しか見えないんだ」


 愛の告白が、これほどにまで苦しいとはアスランは知らなかった。


 一目で惚れて、好きになって、好きすぎて苦しみ、悩み抜いた。

 自分に対しても好きでいて欲しいとか、ずっと笑いかけていて欲しいとか、ずっと側にいて欲しいとか。そういうことが一方的で、独りよがりのわがままだとかいうことも充分判っていた。


 そうでなければ悩んだりしない。

 本能の赴くまま、彼女を奪えば良かった。



「ごめん…本当に、ごめん。でも、俺………耐えられなくて……。他の男に君を奪われるとか、知らない男に笑いかけてるとか、そんな…君の姿なんて、見たくなくて………」


 そうしたらきっと後悔するだろう。

 あの時自分が彼女を取っていたら…と。


 しかし、自分が死ぬまで彼女を守り抜いたとしても、やはり後悔するに違いない。

 君はやはり、起きて日の目を見るべきだったとか、自分以外の軽率な男を好きになってしまったら、取り返しがつかないとか。





 悩み抜いた結果、アスランはやっとの事で自分のなかである答えを導き出した。

「全ての責任は、俺が取る!俺が、取るから…」


 だから………目を覚まして欲しい。

 そして、嘘だとしても自分を見つめて欲しい!


 ずっと絡ませていた指は、あまりの緊張のせいで汗だらけになっていた。その指をそっと外し、両手を彼女の頭の側についた。動かない頭を意識しながら近づける。


 途中、何度も震えを止めるために目を固く閉じた。





「君のためなら、俺は何だって受け入れるよ」

 そうして、そっと…本当にそっと彼女と唇を重ねた。彼女を驚かせないように、細心の注意を払いながら。





「んッ」


 小人たちから説明があったように、それでキラの瞼は動いた。途端に彼女から少し距離を置き、じっと見つめる。しばらくして、ゆっくりとアメジスト色の瞳を見たとき、彼女は小さく「ぁ…」と、声を発した。



「気が…ついた?」


「あの…あなたは?」

 キラの疑問も無理はない。あの家のキッチンでリンゴをつまんでいたはずが、目が覚めてみるといきなり知らない男が自分をのぞき込んでいるのだから。



「君を…助けたくて、ここまで連れてきた。俺は、アスラン。アスラン・ザラ」

 とぎれがちの自己紹介。果たしてそんなことで彼女に伝わるだろうか、非常に疑問だった。



「ザラ…?っていうと、お隣の国の…」

「知って、るの?」


「だって、そりゃ隣の国だもん。アプリリウス帝国って言ったら国力も豊かで、大きな国だっていつも父が言ってたし」

 案外、拍子抜けするような気分だった。

 薬で眠らされたにしては、彼女の記憶はハッキリしている。



「うん。インフィニットジャスティスに…帝都に、今いるんだ」


「あなたが、皇帝様なの?」


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*kiminohitominonakaniorehaimasuka**kiminohitominonakaniorehaimasuka**kiminohitominonakaniorehaimasuka*
言い訳v:レノアいないと話が進みません。ラクスも出てこないし。相変わらず、シリアスはムズカシイ〜〜〜。なんで?
次回予告:ところが目が覚めたキラは、へたれは範囲外だった。

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