「どうして?」


 無邪気な質問が、今のアスランには痛かった。


「それ、は……」

「私ね、夢を見たの。あなたが惚れた人を連れてくる夢。夢の中だったけど、あなたはとても幸せそうだったわ」


 それは、間違いなく予知夢だった。

 言わなければならない、とアスランは覚悟した。のどをごくりと鳴らし、緊張した面もちで、彼は口を開いた。



「隣国の、姫君で…名前は、キラ…と言います。何者かに図られ、薬を飲まされて………今は、まだ眠ったままです」





「君の瞳の中に、俺は居ますか?」

<第11話>テイク・アウトは幸せか?





 途端に、アスランは天地がひっくり返ったかと思った。

 あまりの痛みにゆっくりと身を起こすと、母親のこぶしが目に入った。それでやっと、殴り飛ばされたのだと理解した。



「母上……?」

 そして彼の母は、激しい怒りに震えていた。


「母上じゃありません!あなたは一体今まで何をしてきたのですか!」

「母上…」



「私の看病をしさえすればいいと、それで自分を誤魔化してきたつもりですか?やらねばならない責任から逃れて、大層なことを言うもんじゃありませんこのバカ息子」


 侍女たちが鼻息の荒いレノアを何とかして押さえようとするが、この母にそんなことは通用しなかった。

「ええい、離せ!わたくしはこんなどうしようもない息子を持った覚えはありませんッ」



「すみません、母上…俺、は………」

「こちらへ来なさいアスラン」


 鬼のような形相の母に言われ、逆らえないまま近くに寄ると、母の怒りの鉄拳はアスランに容赦なく落ちてきた。

 あまりの遠慮のなさに、さすがに彼女を支える侍女たちが真っ青になる。


「レノア様っ」


「やかましい!我が息子ながら、これほどへぼでへたれだとは、何とも情けない!お前もいっぱしの男なら、サッサと彼女をその手にして!一日中でも好きだと言わせるようにしてから、出直してらっしゃい」



「……………は?」


 アスランには、言われた意味が一瞬理解できなかった。


「母上は…反対されているのでは………」



 もし反対されたらどうしようか。

 小人たちの話では、きっとキラ姫と目が合ってしまったら、キラ姫はどんな目に遭ってでも自分に付いてくるだろう。



 自分の判断ミスのせいで、これから一生彼女を困らせ、縛ることはできなかった。だから、今まで顔も見ないようにしてきたし、部屋の扉の前まで来ても、勇気を振りしぼって引き返してきた。





「何を今さら訳のわからないことを言っているのです!わたくしはとっとと彼女をモノにしなさいと言っているのです。それができないうちは、わたくしに顔を見せるでないわッ」


 実の息子が茫然としているあいだに、なんとも鼻息の荒い母親は侍女に命じてアスランをこの部屋から追い出させた。


 そして扉の向こうから、

「わたくしはへたれは大ッ嫌いですからね!」


 などと、トドメを刺してきた。





 仕方がないので、アスランはそのままキラの眠る部屋へと向かった。彼女を前にして、ごくりとのどを鳴らす。


 一度、彼女を起こして目が合ってしまったらもう取り返しは付かない。

 無論言われなくても自分は彼女を一生守っていく自信はある。


 だが、それだけに全ての人に祝福して欲しかった。あまりにも望むがゆえに、ずっと手が出なかった。





「キラ…」


 震える唇で、彼女に声をかける。彼女の目を覆っている布を取り払っても、彼女は眠ったままだった。

 小人に聞いた話では、この瞼の奥にはアメジストのような美しい紫の瞳があるという。


 眠ったまま、何も食べていないのに、痩せることもなくつややかな彼女の美しさに日が陰るまで見とれていた。





 日が暮れた頃、レノアの侍女が扉をノックしてきた。レノアからの伝言があるという。

「母上が?」


 侍女はいささか言いにくそうに、困ったような表情だった。

「構わないよ。何でも言ってごらん。それは君のせいじゃないから」



 母からの伝言。それは………。

「まだなの!?」

 だった。



 何がって?そりゃぁもう、愛しい彼女としっかりハッキリ最後まで行っちゃったか?ということである。

 相変わらずの母の調子に苦笑し、相変わらずの自分のへたれぶりにほとほと困惑し、いい加減にごまかして部屋の扉を再び閉めた。



「それでも……」


 彼女を見て一目で心を奪われた。


 だから、小人たちを説得してその日じゅうに城に連れ帰った。他の男の目に触れることさえ嫌だったから。



 でも、だからこそ余計に慎重になるわけで…。

 彼女の本当の気持ちとか、知りたいと思うわけで。


 好きだからこそ、抵抗できない状態の彼女を無理矢理奪うなんてできなかった。何度も彼女に手を伸ばし、指先が頬に触れるか触れないかのところで躊躇して引っ込めた。





「キラ………」


 自分の気持ちはハッキリしている。

 母も、自分の選んだ彼女ならと、応援してくれている。



「声が…君の声が聞きたいよ、キラ」


 君は、どんな瞳をしているの?

 どんな声をしているの?

 どういう風に笑うの?


 そして、自分に対して微笑んでくれるの?



 眠り続ける彼女を、痛いほどの視線でアスランは見つめ続けた。


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*kiminohitominonakaniorehaimasuka**kiminohitominonakaniorehaimasuka**kiminohitominonakaniorehaimasuka*
言い訳v:「俺の母ちゃんは黒帯さ〜〜」どこの話にそんな皇后様がいるんだよ(笑)キラ姫の義母はこんな人。
次回予告:最強母ちゃんが出てこないと、なんだかすんごい湿っぽい話になっていきます。長くは続かないけどね←秋山のガマンが。

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