「姫は私が引き取りたい」


 リビングへ戻った皇子の第一声がこれだった。



「本当にいいんですね?もし姫と目が合ってしまったら、返品は聞きませんよ」

「構わない」


 気丈な皇子の言に、逆に部下たちが驚いてしまった。

「アレックス様…」

「我々は…」


 アレックスと呼ばれた少年は、やんわりと部下を制す。

「もういい。今さら…嘘を重ねても仕方あるまい」


「……………」



 沈黙が、しばらく部屋を包んだ。そして彼はおもむろに、身分を明かした。





「君の瞳の中に、俺は居ますか?」

<第10話>お持ち帰りの外堀





「こちらもいきなりな話だったので、警戒したことは許してもらいたい。私の名は、アスラン・ザラ。今言ったようにキラ姫を皇太子妃にと迎えたい。そなたらはそれでよいか?」


「ザラ…」



 言わずと知れた大国、アプリリウス帝国の皇族の名前だった。



「キラ姫を一生、幸せにすると誓うなら。でなければ例え皇太子殿下といえども、ご紹介するわけには行かない」


 イザークがくぎを差した。

 確かにキラが隣国とはいえ、皇太子妃に迎えてもらえるということは、願ってもない栄誉だった。



 だが、この一ヶ月キラとともに幸せな日々を過ごしたせいで、彼らの心にかなり変化が訪れていた。

 しかも、未だに薬が抜けていないのだ。一つ間違ったら大変なことになる。





「私の名にかけて約束しよう。キラ姫は私が必ず幸せにしてみせる。それと…君たち小人族への対応も、きちんと法整備をすることを約束しよう」


「殿下…ッ」

「ここに来て、キラ姫を娶ることと、母上のご病気を治す薬と両方を得ようというのだ。それくらいのこと、何ほどのことがあろうか」



「いえ…。ございません」





 皇太子は年頃。だがなかなか后妃を娶ろうとしなかったことも、部下にとってはもう一つの悩みの種であった。

 それが当の皇太子の惚れた女性、しかも隣国とは言え一国の姫君。


 アプリリウス帝国の臣下として、断るすべはなかった。





「確かに我が国でも、君たちへの偏見と差別があることは認める。人心が変わるまでには年数がかかるだろうが、きちんとした法整備はさせてもらう」


「……………」



 それは、小人族にとって長年の希望の一つでもあった。

 法律や体制が整い、人間たちと対等に商売できるようになったら、彼らもゆっくりと変わってくれるかも知れない。少なくとも公正な経済活動ができることで、色々な恩恵をお互いに受けることができるようになるだろう。


 魅力的な条件であった。





「判りました。一族には、僕たちから説明をさせていただきましょう」


「その代わり…小人族が持っている知識、経験、薬、そして人間が安全に行かれる範囲の地図を提供して欲しい」


「地図…」

 この条件だけが引っかかった。

 何しろこの森は、人を拒む。そうでもない場所もあるがそれは小人族しか知らない。むやみに明かしてみだりに入ってこられて、自分たちの生活を脅かされるのはごめんだった。



「無論有償で構わない。人間が安全に入れる場所さえ判れば、こちらで林道を整備し、むやみに森の奥に入らぬよう警備の者を付けよう。それでどうか?」


「収穫をするというのなら、年間収穫量をこちらで指定させてもらいたい。それと、森の中で騒がないことを約束していただきたい」


 人間が騒ぐと、”森”が驚く。そう、レイは説明した。


「無論君たちの経済活動の邪魔をしないことは保証する」



「判りました。でしたら一つ、重要な薬泉を紹介しましょう」







 このことは後日、きちんと条約という形で締結することをアスランは約束し、キラを連れて自国へと帰っていった。

 すぐに、小人からもらった薬を投与したところ、彼の母は約半月で驚くべき快復を遂げたのだった。



「母上。もうお加減はよろしいのですか?」


 毎日欠かさず看病に来る息子に、母は優しく微笑みかけた。

「ええ、だいぶ。あなたのおかげでこうして起きあがれるようになったのよ。感謝するのは私のほうよ」


「すみません。俺がもっと早くにこの薬を見つけていれば、母上は苦しまずに済んだかも知れません」



「そうね。苦しいわ、今でも」

「母上ッ!」


「私の身体ではないわ。あなたのことよ。あなた…私に隠していることがあるのでしょう?それが今の私には苦しいの」



 アスランはどきりとした。

 この母は、何も言わずともほぼ全てのことを感じ取っているに違いない。



「母上のご病気が快癒されるまでは、黙っていようと思っていました。ですが、母上はもうお判りなのですね。俺…は、妻を娶りたいと、思っています」


 か細く、ひどく不安げに息子は母に報告した。



「あなたの選んだ人の顔が見たいわ」


 次に言われる言葉は、判っていたつもりだった。だが、それはできなかった。



「残念ながら、今はできません……」


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*kiminohitominonakaniorehaimasuka**kiminohitominonakaniorehaimasuka**kiminohitominonakaniorehaimasuka*
言い訳v:うっわ〜うっわ〜、なんだかシリアスを書いているような区切り方になっちゃいました。一度やってみたかったのさ。
次回予告:最強の母とへたれな息子。これから2、3話へたれが続きます。でもそれはキラ姫と向き合う重要な時間。

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