取捨選択編・前編




 アスランは少々いらだっていた。

 何にって、それはもちろんこんな時期だからこそ、スケジュールを詰めまくった担当にだ。

 しかし、例の飲酒事件で助けてもらっているがために、今度ばかりは強く言えない。





「さすがに1週間に一日くらいはオフが欲しい」


「ん〜〜〜ま、無理ですねぇ〜。秋用のコーディネイトの撮りは、やっぱあなたが主役ですからねぇ。そこはそれ、業界トップだし?出ないわけには行かないでしょう?」



「助けてもらったことには感謝してる。でもこれじゃぁ…」

「彼女の誕生日プレゼントを選んでる暇もない…ですか?」


「ぐ……ッ…それを、どこから…」



「伊達に何年も芸能人のマネージャーしてないって事ですよ。とにかく、彼女との交際を邪魔する気はありませんけど、スキャンダルには注意することと…仕事を頑張ることですかねぇ〜」


 いつもながらのしれっとした担当の言が、間違っていないだけに小憎たらしい。

「判ってるさ!やればいいんだろう!」


「あ、それと、夜は長電話せずにちゃんと寝るんですよ!」


「うるさいなっ!」





 そんなこんなで、キラとの電話自体が途絶え、再び撮影に缶詰になってしまったせいで、事務所と撮影スタジオとの往復しかしていなかった。


 そして、間の悪い今日の撮りの相手。

 イザークやハイネ、マリューあたりはまだいい。問題はL&Cの二人だ。


 特にカガリとはこないだの撮りの失敗がお互いに影響してか、両方ともに本調子が出ない。





「カガリちゃ〜ん、もちょっと表情硬い〜。崩すっていうより、キリッとして〜〜。それとアスラン〜〜どうしたの今日〜。いつもなら一発で決まるのに…」


 いつもなら順調にこなせる簡単な撮影が、今日に限って波に乗らない気がした。



 途中、幾度か挟む休憩のとき、控え室のドアが開き、ラクスが厳しい顔をして入ってきた。


「ノックぐらいしたらどうです?」

「今のあなたにそれが言えたご身分ですか?」


「なんだって!」



「こういう状態が続くと、よくありませんわよ」

「知っているッ!」


「違います。キラのことですわ。ばれますわよ」


「!!!」


 もしスキャンダルなんかになったら、アスランはともかくキラが標的になってしまう。ラクスはそのことを暗に指摘した。

 そしてもうひとつ…厄介な問題があった。L&Cとの微妙な距離関係が崩れると、ちょっと今のアスランには厳しい。


 ラクスはともかく、問題はカガリだった。遠すぎても近すぎても良くない。





「巧く切り抜けてくださいな。今日、撮影が終わり次第、カガリがあなたにお話があるようですから」


 アスランは面食らった。じっさい、彼にはカガリなど眼中に入っていなかった。キラさえそばにいれば、自分に笑いかけてくれればそれでよかった。


「カガリ…?」



「女心とプライドを傷つけずに断る方法を、考えておいたほうがよろしいかと思いますけど?」


「待てラクス!いったいどういうことだ?俺にはサッパリ……」

「女の恋心なんてわたくしにもサッパリですわ。どうしてカガリはこんなどうしようもない、へたれ変態がお好きなのかしら。でも、あの性格ですもの。わたくしに止める術はありませんわ」


 ではよろしく。ただそれだけを伝えて、ラクスはいつものように控え室をするりと抜けていった。





「キラが…キラがいないのに、何で他の女を振る口上を考えなきゃならないんだ!」


 撮影再開時間が迫る中、アスランは控え室の中で忌々しげに吐き捨てた。バッグの中から携帯電話を取り出し、それでもと中身を確認する。

 すると、意外にもキラからのメールが入っていた。



<最近アスランと電話していないから、なんか調子が狂っちゃって変な感じがするよ。でも、ということは、お仕事が忙しいんだよねきっと。大丈夫だよ、アスランならきっとうまくいくって僕…信じてるからね>



 画面を見つめ、しばらく沈黙し…そしてアスランは涙した。

 感動に我を失っている間に、ドアが開き、真っ黒いオーラを漂わせているラクスにこっぴどく叱られ、そして彼は再びスタジオに入った。


 大丈夫。キラからの応援メッセージが付いてる。アスランはそう思うことにして、すべての負の感情を払拭し、なんとか無事に撮影を終えた。





「お疲れ様です〜」

「お疲れ様…」


 スタッフたちの同じ文句が飛び交う中、予告どおりアスランはカガリに呼び止められ、人気の少ない階段口に立っていた。





「それで?用って?仕事の依頼?」

「違うんだ。そんなんじゃない、個人的な…話、になるんだが…その……」


「……?」



「お前とは何度か仕事したことあって、いいヤツだってのも判ってる。人望も…人気もあることもわかってる。でも、私…忘れられなくて、絶対っスキャンダルにはしないから、時々会ったり話したりって…できないかな……って、思って」


 歯切れの悪い、お世辞にもできた告白文句ではないものの、それはそれで彼女らしい。

 しかし、そう言われたところで、アスランの心は動かなかった。



「それって、俺と友達以上の付き合いをしたいって…そういうこと?」

「は…っ、早い話が…そういうこと、なんだ。ほら、二人でどこか遊びにいくとか、できないかな?」



 カガリの一生懸命な気持ちはわからないでもない。自分だって、全く告白されたことがないとは間違っても言えない。

 むしろ逆だ。そうして何人もの女を振ってきた。





「それって、友達じゃダメなことかな?正直俺の噂っていいものばかりじゃないから、きっとラクスが心配すると思うよ」


「わかってる…ラクスだって、本当は賛成してくれなくて。でも、又聞きじゃ本当のことは判らないと思ったから、こうして本人に聞いているんだっ」



「カガリは強いね。でもごめんね。俺には思い描いてる理想があって、それはカガリとはちょっと違うんだ」



「そっか、好きな子…いるんだ……」

「お互い片思いってのは、辛いもんだね」


 小さな嘘を、アスランは笑って口にして、そしてカガリを残したままその場を立ち去った。





 ちなみに後日、アスランはラクスから問答無用で張り飛ばされることになる。


「ご説明いただけます?あの日一日中カガリに泣かれて、2、3日仕事にならなかったのですけど!」

 泣きはらした顔のうえ、化粧のノリが最悪で、仕事の日程をすべて伸ばしてもらったのだという。


「泣かせるような振り方はしていない!言いがかりだ!」



「でも事実ですわ!」

「二人とも友達って事で、話は付いたはずだ」


「わたくし言ってませんでしたっけ?カガリは感情のはっきりした子なんです。あいまいな表現はせずに、だめならだめとハッキリおっしゃいと!」


「知るか!初耳だッ」


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言い訳v:ラクスはカガリ→アスランを知っていたのでした。でも、自分がキラを獲ってしまうと、自分たちの関係が崩れかねない…だから、アスランがキラとくっついているなら、それをそのまま利用しようと思ったのでした。

次回予告:芸能人だって学園祭に行きたいや!アスランおねだり編←って、いつもじゃんこの男。

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