交錯編・中編



 深夜前、いつもの空間、見慣れた天井、どこか少し散らかった部屋…見覚えがあるはずだ。


 そうだ、ここは市内の秘密の部屋だ。

 確か…表向きは会社の寮になっている。



 そんなことより、どうも調子がよくなかった。頭が異常にガンガンと痛み、現実的な感覚が伴わない。

 先ほど担当にタクシーで送ってもらったところだけは覚えている。しかし、どうも記憶が断片的で、それも思い出せるときとそうでないときがあったり…。


 部屋に連れてきてもらい、寝かせてもらった担当の話によると、調子に乗った一部の人たちに騙されて、アルコールを飲まされ、担当が気づいたときには半ばつぶされかけてたという。





「う〜〜ぎぼぢわるいぃ〜〜〜」


 強烈な胸焼けと時に感じるいやな吐き気。そうは言っても、飲まされてしまったものは仕方が無い。

 自分にも落ち度がなかったとは言えない。


 事態が表ざたになる前に、この部屋に帰してくれた、事務所の担当の判断に本当に感謝だ。



 アスランは、寝ぼけ眼のままバッグの中から携帯電話を取り出し、リダイヤルを押した。すると今度はほとんど待つことなく相手から返事があった。


「アスラン!今日はどうしたの?何度も電話かけてきて…」



 しかしこうなると、相手の言葉を聞くのも億劫になる。言われるたびに頭がうずいた。


「ぎ…ぎぼぢ……わ………」



「え?だから何?なんかあったの?事故したとか?」


「…ぁ……くぅ……」





 プチ!ツーッツーッツーッ…………。



 それきり通話は切れてしまった。キラが何度もかけなおしても、今度は出ない。



「今日のアスラン…すごく変」


 地震の前触れのような胸騒ぎが、キラの心臓を駆け巡った。





 2時間後、携帯電話片手にキラは例の寮の前にやってきていた。いわゆる億ションと言われるマンションの14階で、ワンフロア一室だ。



「どう考えても…ここ、だよね?他はぜんぜん違う人だし、この位置じゃないとカーソル動いちゃうし……」



 キラは、(有)AZ社員寮、と書かれた表札の前で、しばらく固まっていた。



 アスランの携帯ナンバーで現在地を検索したら、どうしてもここにたどり着いてしまう。しかし、ここはどう見たって社員寮。こんな夜中に、間違って訪問したりしたら怒られるだけだ。


 しかし、手元のディスプレイによると、どう見てもこの部屋にカーソルがぴたりと合っている。



 勇気を振り絞って、ごくりと生唾を飲み、怒鳴られたときの言い訳ばかりを考えて、インターフォンを押した。





 がしかし。


「あ…やっぱ寝てるよね…こんな時間……フツー寝てるよね…」



 確かに返事は来なかった。


 当然玄関も閉まっているだろうなと思い、念のためドアノブに手をかけてみる。

 すると意外にも玄関はすんなり開いた。しかも部屋の電気はいまだにこうこうと点いている。



「戸締りの…し忘れ?」


 少し待ってみたが、誰も出てこない。ので、ばれなきゃいいやと思い、静かにドアを閉めようとしたとき、中から人のうめき声が聞こえた。



「えっ?何?こ、これって…事件……とか?巻き込まれちゃった…ってことは、ないと……いいなぁ」



 しかし、何か争っている雰囲気でもなさそうだった。これはもしや中で動けずにいるのかもしれない。

 そのままほうって帰って、後から三面記事で見つけるのも気持ちのいい話じゃなかったので、とりあえず人命救助を優先させることにし…それでも最大限の警戒を怠らず中に進入した。



 すると……、


「ぁれ?ア…スラン……?」

 なんと、中にいたのはやはり先ほどの意味不明な電話の主だったのだ。



 今まで極度の緊張状態だったのが一気にほぐれ、キラは思わず床にへたり込んでしまった。


「何だ…アスランだったんだ。変な心配しちゃった……」



 なんだか変な安心感を覚えて近づくと……すべての原因が一瞬にして判明した。





「うっわ…お酒臭〜〜〜」


「水ぅ〜み…ず……」

「アスラン!一体どうしたの?君が、こんなになるなんて……」



「水…ちょうだい……胸…焼けるぅ〜〜」

「はいはいもう!水だね。すぐに持ってくるから待ってて」



 キラはその辺に持ってきたかばんを下ろし、キッチンへ行き、少し大きめのグラスに並々と水を注いで、彼のそばに持っていった。


「アスラン、お水。飲んだら楽になるからさ、ほら」

「今動くと…吐き……そう……」



「そんなわがまま言わないで」

「うぷ…ッ……胸焼けずるぅ〜」



「あ…っ待ってそっちじゃない!アスラン、水……ここ、ここだから」


「飲ま……せて…」



「ぇえ”〜〜〜っ!?」


「………………」



 声を上げるだけで精一杯のアスランの姿に、キラは一瞬かちんと来はしたが、しばらくその場で考え込み、意を決して口移しで水を飲ませた。



「ううっこんなことになるんなら、来るんじゃなかった……」



 今こんなところでのどを詰まらせられるのも困るし、ましてや吐かれても困る。何が悲しくて酔っ払いの世話をしたうえ、嘔吐物の処理をしなければならないのか!





「ぎぼ……ぢ………」


「ぁあっもう!それ以上言わないで!しゃべんなくていいから、じっとしててよ」



 さすがにグラス一杯で、アルコール濃度が薄まるわけが無い。しかも、本人がまともに飲むこともできないため、それは非常に涙ぐましいほどの努力が、延々と続いた。





 空の色が暗闇から濃紺に変化するころ……、

「うぇえ〜〜、こんなもんかなぁ?グラス5杯分も飲めば、さすがに大丈夫だよね?そう…信じよう、うん!」



 アスランは、もはや暴れることなく、気持ちよさそうに夢の中の住人になっていた。安らかでリズミカルな寝息が聞こえてきて、キラはほっと一息ついた。



「疲れたぁ〜〜〜〜〜。そっれにしても、お酒臭ぁぃいい〜〜〜」


 そして、床にへたり込んだままベッドサイドに突っ伏して、いつしか自分も寝込んでしまっていた。





 そして小鳥の鳴く声うるさくなってきた頃。心地よい温かさの中、ありえない場所で背中から伸びてきた手が、もぞもぞと動くのを感じ、キラは思わず声を上げた。


「放してよっどこ触って……ッ」



 むにゅん……。

「ゃんっ」



 ごきっ!

 考えなしに動かした手が、アスランのみぞおちにヒットする。その衝撃で彼はほとんど完全に目を覚ました。


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言い訳v:書いてくうちに自然にそうなったんですが、未成年の飲酒はやめましょう←せ…説得力なし。いや…生物学なんかかじってると、よくわかります。喫煙もね(苦笑)

次回予告:キラ…目先のおやつに釣られる(笑)またしてもアスランとのおつきあいを承諾したキラ。次でラストになります。

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