契約恋愛

出会い編・後編



「ごめんごめん。キラの小っちゃいけど、すっごく温かくて柔らかくて、さわり心地よかったv」


「アスランさんっ」



 キラは怒ったように言おうとして、失敗してしまっていた。


 そんな、たった今出会ったばかりの人に、早速秘密がバレ、おろおろしているところに「黙ってて欲しいなら付き合って」と条件を提示され、つい今し方OKしたばかりなのに………。

 目の前にいるこの人はもう自分のファーストを奪い、あまつさえ背中から腕を回して胸を触ってきた。



 こんなことになるなんて思ってもいなかった。あまりの恥ずかしさに、もう本当に穴があったら入りたいとはこのことだと思った。





「ちょっとぐらいいいだろう?条件付とは言っても、俺たち恋人同士なんだしv」

「恋人……?」



「そvだからキラ…二人っきりの時には、俺の名前呼び捨てで呼んでよv」



「アスラン、さん……」

「さんはなし!」



「アスラン……」


 キラはアスランを見上げながらおずおずと彼の名前を呼ぶ。本当になんて事になったんだろうと、あまりの急展開にふわふわしていた。





 このときアスランは、ぞくっとくる感覚に身震いしていた。

(キラ……可愛すぎるかも……)





 それから再びキラの唇を心ゆくまで塞いで、二人で「共同して」着替えることになった。

 ちょうどその頃、扉の近くまで迎えに来ていた事務所の担当の人が、二人の会話を聞いてしまったという。



「いだっいたただだだぁっ!」

「だから少しだから我慢しろって」


「いだいもんは痛いもん!きついよ、息苦しくなりそう〜〜」


「数時間の間だけだろう!我慢する!終われば取ればいいんだろ!」



「わかってる…わかってるけどぉ〜〜」





 コンコンコン。

 それでも担当は行かねばならない理由があった。もうすぐスタンバイが始まる。



「はいぃ〜」

「キラ君…準備はいいですか……ってアレ?アスラン、ここにいたんですか」


「ええ。初めての子だからって、打ち合わせしてたんですけどすぐにうち解けられまして」



 しれっとした表情で答えるアスラン。先ほどのえらく積極的にキラに迫った感じは、みじんも感じられない。



 キラは思わずその顔に見入った。単純に、すごいなぁと思う。





「それはいいんですが、キラ君痛がってたような声が聞こえてきて……」


「ああ、それはね。コレ」



 そう言ってアスランは目の前の化粧箱を指さす。撮影は照明がきつすぎるので、男でもライト対策として薄くファンデを塗る。

 新しく来た彼はそれを知らなかったのだろう、目にでも入ったのかと考え、マネージャーは「ああ!」と言って気づいた後、二人を撮影会場に案内し、そして一番問題だった撮影は、アスランの演技力と真隣にアスランがいることで、真っ赤になっていたキラのおかげで、スムーズすぎるくらい順調に終了した。


 そして一週間後、二人の写った写真はデカデカと広告ポスターになり…電車広告になり……雑誌で大々的に取り上げられ………しかも上手に編集されてTVCMとして流れまくった。





「キラぁ…これやばくない?」

 撮影が終わりさえすればいつもの学生生活に戻る。一種の熱が冷めたようなものだとキラは高をくくっていた。

 ところが、通学のため電車に乗ろうとした時点で、後ろから袖をぐいっと掴まれ、そのまま近くの喫茶店へ強制連行された。その相手の名は、ミリアリア・ハゥ。



「え?何が……?」



「これだけ街中で宣伝流されちゃぁねぇ……。アンタにわかに超有名人よ!」

「ウソー!!!」



 ミリアリアは頭を抱える。

 まぁ…どーせこんなことだろうとは思ってはいたが。





「うかつだったわ。私も落ちるとばかり思ってたから」


「うん。僕もそう思ってた。でも結局お金目当てに話を受けたのは僕の方だし……」



「………。はぁ……。まぁいいわ。そんなこともあろうかとキラ!お助けグッズを持ってきたから!」


「お助けグッズ?」





 ごそごそと通学鞄の中からとりだしたのは、ウィッグと呼ばれるもので。

 それをキラの頭にズボッとかぶせ、持っていたブラシで丁寧にキラの髪となじませる。すると髪を切る前のキラが一瞬にしてできあがった。



「いい?キラ…ポスターの子と似てるって言われても、他人のそら似で通すのよ!それと髪が元通り伸びるまでこれつけて歩くこと!」

「また、伸ばすの?」



「至る所でもみくちゃにされたいわけ?超有名人さん!」

 キラははっとなり、そして青くなり、ミリアリアの言葉に従った。



「ごめんね。僕の心配ばっかしてくれて……」

「何言ってんのよ!心配しなきゃ友達じゃないでしょ!」


「うん。ありがと」





 その日は電車に乗り遅れて学校に着いたものの、偶然1限目が自習だったらしく、二人は教師からのげんこつだけは免れた。

 そして、ミリアリアのもくろみ通り、キラは彼女から借りたウィッグのおかげで、さして根ほり葉ほり聞かれることはなかった。





 ピ〜ンポォ〜〜〜ン……。


 それからしばらくして、2月14日、ヤマト家に来客があった。インターフォンに出たのはカリダ。



「はいぃ〜。どちら様ですか?」

「PZプロダクションの者ですが、この間のお仕事料をお支払いに来ました」


「あ、はいはい!すみません、お世話になりました。どうぞあがってください。すぐにキラを呼んで参りますので」



 そう言ってカリダは二階にいたキラを呼ぶ。





「…ッ!!!!!」

 キラは嬉しそうに答えて、リビングに下りてきて……そして絶句した。





「やぁキラv」



「アスランっ!ど……して、どうして、ここに?」

「そりゃぁ俺も
(キラに報酬を渡す)仕事(を、事務所に無理言って担当からもぎ取って、急い)で来たからv」



「仕事……?」


「PZプロダクションは俺の父が経営していてね。俺もどうせそこを継ぐことになるんだろうけど、それまでは芸能界のこと知っておかなければならないと言われて…だからモデルなんかしてるんだよ」


「そう、だったんですか」



「うん。それでね、この間の宣伝が大成功してね。約束の金額に追加報酬があるから、ちゃんと確認してね」


 キラの目がぱぁあっと輝いた。そして彼女は見るからにふくれた封筒を開け、並ぶ札束に驚愕し、でも領収書の金額と違うことに気が付いた。





「アレ……?」

「ああそれはね。税金分をもう引いてあるから。難しい事しなくていいようにね。領収書の金額に、この税率を掛けてごらん、差額が一致するから」


 ああそうか、とキラは思いそれでもと思って、言われるまま計算してみたらピッタリ一致していた。

「本当だ」





「で、キラどうする?このまま置いて帰ってもいいけど、このお金銀行に入れとくなら付いていってあげるよ」


 キラとカリダははたと気が付いた。確かに、普段目にしないようなこんな札束を、自宅に置いておくのも怖い気がする。こんなものは早いうちに預けておくに限る。



「キラ…キラのお金なんだから、早いところ入れておきなさいよ」

「うん母さん。判ってる…」



「どうせ途中ですし、送っていきますよ」

「え?いいの……?」


「じゃぁキラが一人でそのお金を持って歩く?」



 ぶるんぶるんぶるん!真っ青になってキラは否定した。そして、カリダに「夕方までには帰ってくるから」と約束して家を出た。





「…………………………」

 玄関を出るなり、自宅前に停められた不似合いな高級スポーツカーにキラは、いきなり固まった。



「何?どしたの?」


「こんな車乗ってたの……」

「こないだ衝動買いしちゃって……」





 衝動買い………!!?

 キラはぐりんと振り向いた。目の前にあるのはくすんだ赤の「Rex−518」。


 こんな…世界で数台しかないような車を…「衝動買い」!?





「あぁああのっアスランさん……僕やっぱこないだの話…その、なかったことに………」


 キラはあまりの世界観の違いに狼狽していた。そして、そのセリフにアスランはむっとしていた。


「さん付けはなしって言っただろ?それに…なかったことにするって言うのは、どういう事かな?せっかくいい評判立ってるのに、ばれて早速スキャンダルでマスコミに追いかけられたい?」



「う゛………っ…そ、それ……は………」

 そう言えばそのことと交換で「アスランと付き合う」約束だった。





「キラが俺のこと大嫌いだって言うなら、それも仕方ないけどね。そうじゃなきゃ、これから俺とデートしてv」

「え……っ」


「今日、何の日か判ってる?」

「2月14日……バレンタイン?ぁあ〜〜〜っ!」


「好きな人に思いを告げる日だろう?」



「ごめん……僕何にも考えてなくって…あなたと付き合うって約束したのに……まだ何も…」



 アスランはやっぱり、という顔になって、含み笑いをしながらキラをそのかいなに抱き込んで、わざと耳元でささやいた。


「じゃぁ…これからキラと二人っきりの時間をちょうだい」



 キラは沸騰したやかんのようになっていた。

 自宅前の道路で、超高級スポーツカーに乗ってきた「トップモデル」に抱きしめられ、すでにあっぷあっぷになっていた。





「ぁ…あの、もしかしてホテルとか……行くんですか………?」

 アスランはあははと笑いとばし、肩をすくめてキラに言う。


「君は夜の歓楽街の女の子じゃないだろう?それとも…行ってみたい?」



 キラは大慌てで首を横にふり、青くなりながら否定した。

「そんなっそんなことないです!」


「だよね。でも市内じゃ大騒ぎになるから、車で30分ほど行ったところで、一緒に夕焼けを見るってのはどう?」


「あ……それ、くらいならいいです!」





 ものごとを額面通りに受け取り、しごく簡単に考えたキラは、言われるまま助手席に座ったところで、早速手を掴まれた。

 そう、いわゆる恋人つなぎといわれるつなぎ方で。

 心臓がどくんと跳ね上がり、キラはつながれた手とアスランの顔との間で、視線を往復させながら言った。


「あ…あの、手……危ないですから…ッ」

「大丈夫!」



 何が大丈夫なのかさっぱり判らないが、それから一番に銀行に向かい、例の報酬を入金したらすぐに車は高速道路に入り、30分もしないうちにレジャー用の港に着いた。



「海……」

「うん。ちょっと寒くて悪いけど、ここの夕焼けがきれいだから。キラと一緒に見たくなって…」





「ごめんねアスラン…」

「…?なにが?」


「僕、ちょっとアスランのこと警戒してて……芸能界の人って、こういう事にはすごく手が早いんだって…てっきり……」


「キラとは長く付き合いたいんだ。いきなりヤって嫌われるようなことはしたくないよ。……でも、そう言われるとキラに触りたくなるなぁ」

「え?」



「キスならいいよねv」

 アスランはそう言うと、ふわりとキラを抱き込み、寒くないようにコートで包んで、有無を言わせずキラの唇を奪った。

 今度は生やさしく空気の通り道などあけてあげない、まるでむさぼるかのように口づけ…キラの小さな舌と自分のそれを絡めあった。





 10分後………案の定、くてぇとなったキラが出来上がっていた。今し方の濃厚すぎるキスの余韻が残り、目は焦点が定まっていないし、つやつやした無造作な唇がアスランの欲情をそそる。


(我慢だ!ここが我慢のしどころだ!)



 アスランは強く自分に言い聞かせた。決してここで「今までの自分」をさらけ出してはいけない!





「キラ、キラ」

 優しく語りかけるとキラがようやく気が付いた。ところが今度はアスランの顔を見るなり真っ赤になって、視線を逸らそうとする。

 アスランは自分の計画の成功を知った。


「ア…ス、ラン……」

 キラの顔を両手でとらえて、自分の方に向け、アスランはなおも問いかける。



「キラ…俺はキラが好きだけど……キラは?」


「う…ん、僕も……好き、かも…」



 独り言のように細々とした声で、キラはふわふわしながらそう答えた。


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いいわけv:すんません!初なキラを驚かせたくない(逃がしたくないとも言う)一心でアスランは、この後理性を総動員して、素直にキラを自宅まで送り返してます。だって、下手に遅くなってキラママのご機嫌を損ねて、ヤマト家出入り禁止になんかされちゃ困りますもん(笑)
 ちなみにプロダクション名はアス父の名前から、車の元ネタは「マツダのRX−8」からです。さすがにそのまま使うのはやばいので、数字の部分をキラの誕生日にしてみました。……という訳で、3/14のホワイトデー企画に続きます。たぶん……。

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