契約恋愛another

2'nd stage 後編

 暗闇からゆっくりと近づいてくる男の影。

 よくニュースとかで、こういうとき女性は足がすくんで動けなくなる、とか大声が出ない、とか言われるがまさしくその通りだった。


(恐い………どうしよう…どうしよう………やだ、近づいてくる……………)



 頭が真っ白になる。それでも気を失ったら最後だ、と思った。


 本当に変質者で、こんなところで襲われたらどうしよう。自分が立ち直れなくなるだけならまだいい。自分にだって、大切な家族がいるのに。両親や、カガリを悲しませたくない。

 そんなこと…できない。



 どうしようもなくて、その場にしゃがみ込んだ。少しでも自分の身を守れるように。





「キラ……?」

「…ぇ………」


 キラは自分の名前を呼ばれ、きょとんとする。

 この人は、自分を知っている…。



「……誰…?」

「忘れちゃった?1ヶ月も経っちゃったからねぇ。アスランだよ」


 その瞬間、キラはその場にへたり込んでしまった。思い出したわけではない。

 むしろ逆だった。



「………スミマセン。どちら様でしたっけ?」


「………………」


「本を借りに来られました?」

「いいや。その用事以外で来たんだけど…」

 ここまでくるとアスランも同様に訳が分からなかった。



「じゃぁ…以前にパンツ一枚で来られませんでした?」

「……………。来てない!」


「あれ?じゃ、素っ裸で来ちゃった人だっけ………?」

「そういう格好で街を歩いたことはないんだけど」



「ごめんなさいっ。知らない方とはいえ、失礼しました」


「………………………」



 アスランがキラに手を差し出す。起きあがるのを助ける紳士のように。

「本当に覚えていないの?何も?」


「………はぃ」


「1ヶ月前、君に愛をささやいた男…これでも思い出せない?」



 しばらく沈黙が流れ、キラが「あ!」と気づいたとき、腕をつかまれ、引き上げられ…気が付いたら端正な男の顔が自分の斜め前にあった。


「変身男!」


 ブッ!とアスランは吹き出す。


 実際キラの記憶の中に自分はほとんど残っていなかったようだった。こんなことは初めてだ、という新鮮さがある種の爽快感を伴ってアスランの心をくすぐる。

(墜としたい…)

 そして、いつもの悪い癖が押さえられそうになかった。





「俺のケー番、メモリに入れてなかったでしょ」

「だって、本を借りに来られた人じゃなかったので…」


 ちなみに借りに来た全ての人の連絡先がキラの携帯に入っているわけじゃない。そういうのは職場のパソコンであって、個人的に入れておいてと言われたものが入っているだけだ。かかってきたときに、誰か判るように。



「何度かけても出てくれなくて……着信拒否にされて…」

 キラの頭の中で全ての符合がひとつの線に連なった瞬間だった。



「………………ぁっ………」


「あ…じゃないよ。自宅からかけても拒否にされ、会社からかけても拒否にされ……」

 脂汗が額から流れて止まらなかった。冗談でも、好きだと言ってくれる相手に、酷いことをした。


「……………ごめんなさい……。せっかく…あの時のいい思い出の人…」

「アスラン、だよ」

「あ…アスランさん……」



「付き合ってくれるって、言ってくれたじゃない」


「………ぇ?僕言いましたっけ?」

 キラは……………全ッ然覚えていなかった。



(燃える!あ〜〜〜久しぶりに燃えるッ)

「こないだくれたバレンタインの、お返しをしに来たんだ。俺が、キラの人生の中で一番甘い思いをあげる」


「バレンタイン……?」


 キラは首をかしげる。

(僕何かあげた?記憶無いよ?)



「コーンスープ!」


「え?あれインスタントだし、良いのに…」

「俺にはすごく有り難かった。せめてお礼をさせてよ」



 押し問答の末、結局キラは首を縦に振った。

「……僕でいいなら…」


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いいわけ:2007ホワイトデー企画でした。今回のコンセプトは、迫られても迫られてもきれいに忘れちゃうキラ(笑)と、めげないアスラン。アスランはめげませんよ。何てったって「諦めがよくないッ!」ですから(笑)でも、たぶん次に会ったときも忘れられてると思う(大笑)