契約恋愛another

1'st stage 後編

「はい、バッチリですよ。鏡見てください」

 ここの司書をしているというキラと名乗る女性に促され、アスランは洗面所の鏡を見る。そこには別人がうつっていた。


「うまいな、君…」

 多少浅黒い肌にやや暗めの金髪。髪の分け目をきれいになくし、顔の輪郭を化粧で見事にごまかしてある。服装も彼女が適当に持ってきてくれた。



「ごめんなさいね。ここの予備で」

「図書館にはこんなものも置いてあるのか?」


 からかうと、彼女は手をヒラヒラと振って否定した。



「違いますよ。酔っぱらいさん用です。それこそパンツ一枚で駆け込まれることもあるんで……風邪引くでしょ?」

 その瞬間、二人で馬鹿笑いした。館内に余韻が残る。





「それじゃ、とりあえず僕の部屋で良いですよね?狭いところで申し訳ないけど」

「本当に良いのか?」

「一人暮らしですから」


「いや、そう言う意味じゃなくて」

「……?」


「ほら、彼氏とか来るんじゃないのかと思って…俺」



 せっかく気にしたのに、彼女はからからと笑った。

「残念でした。チョコをあげる人もいないんです」

「こんなに可愛いのに?」

 素直に言うとキラは照れていた。


「僕…勘違いされるタイプらしいんです」



 謎が解けたのは、彼女の部屋で一息ついてからだった。

 それまでは緊張の糸の張り通しで。図書館を出るときも、彼女を迎えに来た男のフリを装って。よく知った人が目の前に近寄ってきたりして冷や冷やした。キラが一生懸命気を利かせて、否定してくれて…。

 その間も彼女と繋いだ手はヘンに力は籠もるわ汗だらけだわで、後から散々笑われた。





「はい、コーンスープ」

「あ…ありがとう」

「インスタントだけど、ガマンしてね」


 キラは寂しげに笑っていた。学生時代も、意中の人にチョコをあげても、「彼氏の仕返しが恐そうだから」と言われて断られ続けたそうだ。どれだけ、付き合ってる人なんていないと説明したところで信じてもらえなくて。


「思い出が辛くなるから、もうチョコは買わないことにしたんだ」


ドキン!


 またアスランの悪い癖が鎌首をもたげる。キラは、本当に自分の危機を救ってくれた恩人だというのに。そんな、彼女を玩ぶようなことをしてはいけないという理性はある、一応。



「明日には消えちゃうね、チョコも」


「うん。イヤなもの見なくていいから、明日からまたがんばれる」



「俺にくれる気、ない?」

「ないよ。買ってないもん」


 即答で返された答えにアスランは面食らった。

 今までそんな言葉を返してきた人はほとんどいなかった。



 その前に…キラは自分のことをよく知らない?

 そう言えば、出会った瞬間黄色い歓声が上がらなかったことに気が付くべきだった。





「じゃ、このコーンスープが君のくれたチョコだと思い込むことにする」

「何言ってんですか〜も〜〜〜。冗談うまい人ですね〜」


「今、付き合ってる人とか居ないんだよね?」

「僕は一人で、たくましいおばあちゃんになる予定なんです」


 アスランはガクッとうなだれる。



「そういうことじゃなくて…」


「同情なら良いんですよ。気を遣っていただかなくても。僕だって今日のことはちょっとした思い出だと判ってますから」

「思い出………」


 その言い方は寂しかった。彼女はもうアスランと会うことはないと思い込んでいる。


「だって、こんなTVに出てくるようなきれいな人が降ってくるなんて、あり得ないじゃないですか。夢見てるとでも思わなきゃ………?」



 アスランはむくりと顔を上げ、キラに向かって笑いかけた。

「今、君の目の前にいることは嘘なんかじゃないし、助けてもらったことをとても感謝してる。そして君に一目惚れしてることも、夢じゃない」





 じりじりと間合いを詰めると、キラは壁際に追い込まれた。


「こういう軽い男は、嫌い?」

「ぅわーきれーい…」

「月イチで良いから付き合って」


 どさくさに紛れて交際を申し込むと、彼女はぼーっとアスランを見つめたまま頷いた。


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いいわけ:キリのいいところで切断vたぶんホワイトデーに続…けばいいな〜(笑)