取捨選択編・後編


「見つからないかと思ったんだけど、いてよかった」

 深い帽子を目深にかぶって、ぱっと見ただけでは誰だかわからなかったが、瞳の色と特徴のある声で一発でカガリと判った。


「どう、したんですか?」

 キラのアメジストにもいささか警戒する色が入った。



「この間のお礼を…まだ言ってなくて。それが心残りだったんだ。けど、学校帰りに校門の前で待つってのもな…学園祭なら、部外者が来てたって判らないだろう?」


「あそっか!そうですよね。でも、僕だって、あの時は迷惑かけたなって思うし、別にわざわざいいのに…」


「いや、それでは私の気がすまないんだ。キラ、本当あの時はありがとう。私も緊張してて、固くなってて…本気で撮りなおしを覚悟してたから」



「僕こそすみません。ちゃんと、お話すればよかったですね」

 ここまで話してキラはやっと安堵した。



「キラ…これからも仲良く、できるかな?」


 少しはにかんだカガリの表情が、やけに彼女らしくて、キラは可愛いと思った。



「そんな…っ!もちろんです!あ、あの…もう一人のあの人にも、ご迷惑かけましたって、伝えてもらえますか?」


 心に余裕が出てくると、ラクスの名は出せないと思い至れる。



「ああ、もちろんだ。本当、すまなかった。感謝してる。…あ、そうそう、急に呼び止めてすまなかったな。しかも、デートの邪魔をして。また、いつでも遊びに来いよな」


「あ、はい。ありがとうございます」

 そうして、カガリは用事があるからといって、すぐにその場から離れた。





「ばれてなかった……俺?」

「……みたい、だね」


「…………………」


 ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、キラはあからさまにぶすくれた。

「も〜〜〜ぅ!アレックスがこんなスリリングなことするからだよぉ。僕だってびっくりしたんだから」


 ところが途端に、周囲の視線が集中し、キラはすぐに真っ赤になった。遠くで「あ〜っ」とか「えぇ〜っ」とか言う声まで漏れ聞こえてくる。



「キラのほうこそvま、俺は別にいいけど〜〜〜。だって本当にキラの彼氏なんだしぃ」


「言わないで!こんなところで大声で言わないでよぉ」

 そして…アスランの目がきらりと光った。



「じゃ、も少し静かなところ、行く?」

 それはそれで恐ろしいような気もしないでもないが、今はとにかく周囲の視線(男限定)が、剣山を踏みつけたかのように痛かった。



「………行く…」





 そして学園祭の喧騒とはいささか離れた、ここオーブ高等学院の名物である桜の木の下。

 もう、5月の中旬なので、完全に花は散り葉桜になっていたが、それにしても少しずつ強くなった紫外線と、キラたちの姿を少しごまかすにはちょうどいい場所だった。



「ごめんね…」

「何が?」


「学園祭…そりゃっ、たいした事はしてないけど、行けなくなっちゃったから…」



 心配しないで。

 ただそれだけを言って、アスランはキラの柔らかい身体をふわりと包み込んだ。


 何も考えることなく顔を上げると、触れるだけの軽い口づけが振ってくる。



「アスラン……」


「ここんところ、本当に仕事詰めで…会えないし電話もできないしで、気ちがいになりそうだった。だから、今キラとこうしていられることが、本当に…嬉しくて……」


 キラの頬に水滴が落ちる。それは、決して雨ではなかった。



「なんか…僕も不思議。こんな…学校でこんなことしてるのに、いけないことだって…全然……思えなくて…」


「でもこの山乗り切ったら、仕事を減らすように組んであるんだ」

「え?なんで?」


「それは…もうひとつ欲が出てきちゃったから。ね、キラ…予備校行ってないんだったら、俺と一緒に勉強しない?」


「受験…?あ、芸能人でもちゃんと大学受けるんだ?」

 当たり前だろ!ちゃんと一般で受けるよ、とその青緑の瞳を揺らして彼は答えた。



「一瞬でも離れていたくないんだ。だから…できたら同じ大学行かれないかなって思って」

 またわがまま放題が始まったことをキラは知っていた。





「アスランが僕に合わせてレベル落とすこと無いよ。そりゃ、僕だって一生懸命勉強するつもりだけど…」


「だから一緒にやるんだよ。そしたら、お互いに補えるから」



 キラはしばらく考え、そしておもむろに承諾した。


「じゃ、僕の苦手なところ…教えてくれる?アスランのとこ、進学校だもんね。僕、頼りきりになるかもよ?」


 いたずら小僧のように笑うキラ。そのきらきら光る紫色の瞳を、もう逃がしたくなかった。

「俺でわかるところなら、何でも教えてあげる。勉強も、受験対策も…そして、キラが知りたいっていうなら、ベッドの中でのすべてだってv」


「また始まった〜。そのいやらしいセリフさえなきゃぁねぇ…」

「本当なら、このまま朝まで一緒にいて…朝、俺がどんなにかキラのことしか考えてないかっての、しっかり見せてあげたいのに!」



 どこでどうスイッチが入ったのか、いったんこうなるとアスランの暴走は止まらない。



「だからこんなとこで言うのやめてってばぁ!誰かに聞かれてたらどうするの」


「聞かれててもいいし…ってか、胸を張って聞かせたいっ」

「声大きいってば〜〜〜」



 こんなとき、キラはさすがにあきれてしまう。

 自分だけをこんなにも愛してくれるのは嬉しいが、TVや雑誌から受けるイメージとは真逆だ。時々、どっちのアスランが本物なのか、判別が付かなくなるときさえあった。





「ごめんごめん。じゃ、もう大きな声出さないから、これだけ…持ってて。ちょっと早いけど、誕生日おめでとv」

 そう言いながら制服のポケットの中から何かを取り出して、すばやくキラの首筋に両手を回した。


「え?」



「ごめんね、キラの指のサイズ知らなかったから…こっちにした」


 それは小さなハートとクロスを組み合わせたデザインの、シルバーアクセサリーだった。

 元からあったように、キラの胸元に当然のように収まったそれに、キラは声が出なかった。



「アス…ラン……?」


「ついでにさ、最初の約束…少し変えてもいいかな?」

「最初の約束?」


「うん。最初に俺、言ってたでしょ?期間限定で付き合ってくれって。その期間…一生に延ばしてもらえないかな?」



 キラは驚愕して声が出なかった。単純に嬉しいという気持ちと、自分でいいのかという気持ちがごっちゃになって、どう返事していいのか皆目見当も付かない。


 そんなキラにアスランはやわらかく微笑んだ。



 キラの知らないところで、覗いている大量の男どもの存在に気づいてはいたが、返事をもらう前にキラに深く唇を重ねた。

 キラはすぐにそれに応じてくれて…自分にすべてを預けてくれて。



 周囲の覗き魔どもの歯噛みと地団太を、アスランはこれほど心地よく感じた日はなかった。


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言い訳v:やっぱアレをやりたかったんですよアレを!お返事は別に言葉でなくても良いと思うので、こんなラストにしてみました。
 ちなみにカガリは途中にもちらっと書いたように、いい子です。ただアスランのことになるとちと目がくらんでしまうので。ラクスもそこが心配だったんです。おつきあいありがとうございましたv

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