契約恋愛

 出会い編・前編



 いつもならあり得ない場所に、キラはいた。

 約束の時間は刻一刻と迫りつつあったが、どうしても思い出してしまう「ここに至るまでのいきさつ」。





 事の発端は数ヶ月前の話であった。

「キラぁ〜アンタ何見てんの?」


 ミリアリアとの学校帰り、キラはいつもは決して気にすることのない「ある広告」に気をとられていた。



「ん〜?何かのオーディションの広告。これ当たったら、いくらくれるのかなぁ…」


「!!!!!ちょっとキラ!いくらくれるじゃないわよ!だいたいそれ、募集してるの男の子じゃない」

「え?でも簡単なバイトの募集じゃん!オーディションで選ばれて、一緒に写真撮るだけの仕事みたいだし……」





「………………………」


 ミリアリアは一瞬フリーズし、頭を抱えながらキラの肩をポンとたたいた。



「あのねキラ、それいわゆる芸能オーディション。でもって…いったい何万人が受けるっていうのよ!」



「まさか!だって写真撮るだけじゃん」

 キラは笑って否定する。彼女は全然わかっていなかった。彼女はただ、「オーディション合格者には、相当撮影料をお支払いいたします」の文字しか見えていない。





「トップモデルとツーショットの仕事っていうことになるとね、そのまんま芸能界入りを狙ってる男どもが、わんさかと押し寄せるのよ」

「ええ!そんなに?じゃ、すごいんだ?この人……」



 相変わらずのぽ〜んとしたキラの感想に、ミリアリアはさすがに天を仰いだ。募集要項から見て、間違っても受かることはないとは思うが、目下お金にしか目がいっていないキラには危険すぎる。





「残念ながらこのポスターの人が、誰かも知らないようなキラには無理よ…」

「そっか。やっぱ一攫千金はダメか〜」



 ミリアリアは頭を何かで殴られたかのような気がする。

 そうか!原因はソレか!



「……………。キラぁ…もしかして今月の小遣い少ないの?」
「うん!こないだ小遣いを前借りして買い物しちゃって……。だからね、こんなんで儲かったら懐も少しは裕福になるかなーって思って……」



 とたんにミリアリアはキラの顔をまじまじと見て、う〜んとうなり、そして彼女のつやつやした鳶色の髪をむんずとひっ掴んだ。

「痛い!痛いってばミリィ〜〜〜」





「キラ?受けてみる?」

「………は?さっきダメって言ったじゃん」


「どーせ落ちるんだから。これも記念受験ってことで、度胸試しだと思ってvきっと年寄りになったときにいい思い出になるわよv」

「と……年寄りって………」



「もしかしたら、会場で生の彼に会えるかもよ〜〜〜〜〜」

「イヤだって、僕この人知らないし…」


 キラにとって相手が誰だろうと全然気にならなかった。今や彼女の目には「撮影料」の3文字しか入っていない。





 ミリアリアはげんなりする。一体普段からキラはどこを見ながら歩いているというのか。



「今一番人気の男性モデルで、そこここにある雑誌の表紙やポスターに、あれっだけデカデカと載っていて、それでもわかんないのねアンタは……」


「だって撮影料……。写真撮ってもらってお金くれるなんて、アダルト以外フツーないじゃん」



「ホントーに金しか見えてないわねアンタ………。どうする?ダメ元で受けてみる?その代わり受けるんだったら、髪切りなさいよ」

 キラは小首を傾げ、あることに気づいた。


「ん〜〜〜いいよ。どうせ切ろうと思ってたし。ミリィの言うとおり青春の思い出になるかも」





 そしてキラは性別を偽って本当に応募し、当日、あまりの人の多さにクラクラし、面接では面食らったままほとんど話すこともできずに、オーディションを終えて帰ってきた。





 …という訳で、すっかり落ちたものだと思いこんでいたキラに、ある日電話がかかり、なぜか「受かった」ことを知らされたのであった。





 そして今、問題のCM写真撮影のため、自分一人にあてがわれた控え室にちょこんと座って、天を仰いでいた。



「な・ん・で?」



 写真撮影の担当の人も、打ち合わせがあるからと部屋を出てしまい、なんだか急に不安になってきた。

 でも、決まっちゃったものは仕方がないし、とにかく落ち着かなきゃと考え、窮屈だった上着を脱ぐ。しばらくしているとちょっとした開放感に満たされ、鏡の前の机に突っ伏して寝込んでしまっていた。





コンコンコン………



コンコンコンコンコン………………



 いらだつようなノックの音にようやく気づき、キラは文字通り飛び起きた。


「キラ君!キラ君、いるかな?」

 怒っているような声まで聞こえる。寝込んでしまってる間に、担当の人が迎えに来たのかもしれない。

 もしかして自分は大遅刻?

 今いったい何時だろう?


(怒ってるよね…絶対、怒ってるよねぇ…………)





 焦りまくりながら、上着を羽織るのも忘れてあわててドアを開けた。開口一発、とりあえず謝罪する。そのほうが絶対正解だ。下手に言い訳するよりも絶対潔いと直感した。



「ごめんなさい!僕、寝込んじゃってて……その、もう始まってますよねっ!今……今すぐ行きますからっ」


 すると相手は一瞬きょとんとした表情をして、あきれたように言った。



「俺を待たせておいて寝坊とは、君も大物だね。撮影はまだだよ。それよりも!事前に打ち合わせをしたいから、俺の控え室に来てって呼んでたのに、時間になっても君が来ないから、わざわざここに来たんじゃないか!」


「…ふぇ!…あ…そう、でしたっけ?ごめんなさいっ!じゃぁっ今からでも………」

 そう言って部屋を出ようとするキラを、目の前の彼はため息をつきながら止めた。



「もういいよ!俺がここに来たんだから。俺の控え室でなくったって、話くらいできるだろ!」


 言いながらキラの控え室に入ろうとして、無造作にキラの横をすり抜けたとき、彼はぎょっとしてキラの方へ振り向き、そして両手で荒っぽくキラの肩を掴み、扉をバタンと閉め、素早く部屋の中へ入った。





「きみ……女………の、子……………?」



「え……っ………」





 キラは今頃気が付いた。

 いくら胸が小さくても、出るとこ出ていればさすがにバレるだろうと、知らない人がいる前ではさらしを巻いていた。ところがあまりにもきつかったので、ちょっとならいいよね、と外したままだったのだった。



「あ〜〜〜〜〜ッ!!!忘れてた!ご…っごめんなさいごめんなさいごめんなさいっっ」


「………………」



「事務所の人から電話が来たとき、お金の話しか聞いてなくて…脱がなくていいって聞いてたし、写真撮るだけだからいいかなって、軽い気持ちでOKしちゃったんです」


「…………………………………」


「ばれなきゃいいよね、なんて思ってました。ホント…ごめんなさい」





 彼…アスランは絶句していた。何にって、キラを一目見下ろしたときまず顔を見て、首もとに目がいって…そしてむにゅっと弱々しい感触のした胸にどうしても視線が集中する。

 ところがすぐに気を取り直し、彼はキラに含むような笑顔で話しかけた。



「本当に悪いと思ってる?」

「はい!僕が悪かったんです。でも…だから、今日一緒に写真を撮るあの人にも、黙ってて欲しいんですけど……」



 答えることで精一杯のキラは、アスランの本心にまるで気づかず、何でも「うんうん」とOKする。


「う〜ん……それは無理かも……」

 どうやら勘違いしているらしいキラに、アスランはクスリと笑みを漏らした。



「ええっ!だって、こんなこともうこれっきりですから!僕もともと芸能界なんか興味ないですから、もうこんなとこ来ないですから!」





 キラは焦って懇願した。その必死な表情を見て、アスランの頭の中である種のファンファーレが鳴っていた。彼はかえって落ち着き払って言った。

「無理だよ。だって俺が、今日一緒に写真を撮る人だからv」



「えぇえええ〜〜〜〜〜!!!じゃ…あなたが………ぇ、えぇ〜〜と………」



「初めましてvキラ。俺がアスラン・ザラ。今んとこモデルをやってるよ」


「僕…僕は………っ」



 キラの目は白黒していた。ただでさえ焦っている状況に、いろんな情報が次から次へと入り、頭はすでに飽和状態だった。

「知ってるよ、キラちゃん」



 キラの弱みを知りつつアスランはわざとそう呼ぶ。


「そんなっ…ここでそんな風に呼ばれると……ちょっと……」



「都合が悪い?」



「………はぃ」

「じゃぁね、キラが女の子だってこと、黙っててあげるから、その代わり俺のお願い聞いてv」



「お願い……ですか?僕にできることならいいんですけど…」

「俺と付き合ってv」


「………………ぇ………」



 いきなり言われた「交換条件」にキラは呆然となった。もっと難しいことかと思えば「付き合って」と言われた。でも、「付き合う」ことがキラにはいまいち掴めていなかった。





「嫌?俺みたいな男は、好みじゃない?あ…それとも、もう彼氏いる?」

「いやそーいうことじゃなくって……付き合う…って……?」



「俺の恋人になるってこと。もちろん期間限定でもいいからさ」

「ぁ、あの…どういう………?」





 キラにはまるで訳が分からない。降って湧いたこの話についてゆけず、ただボーーーっとしていた。


「ダメかな?」



 ところがダメかと聞かれれば、お人好しのキラは「そんなことないよ」と答えてしまう。そして今回も同じ轍を踏んでしまった。

 じゃぁ、と言いながら間合いを詰め、キラを引き寄せ、難なく抱き込んでしまうアスランに、今気づいたかのようにキラは再び焦りだした。

「ぁあぁあっぁぁぁあぁあのっ」



「恋人同士なら、キス位するだろ?それとも、俺とキスするのは嫌?」


「嫌とかじゃなくって…そんな、したことなくって……」





 しどろもどろのキラから返事を聞き、アスランは満足する。彼女にとって自分は「初めての」男だ。



「じゃ、俺が教えてあげるv」

 言うが早いかアスランは、何の苦労もなくキラのファーストを奪った。

 キラがガチガチに固まっているのを初々しく思いながら、それでも慣れないキラのために程良く空気の通り道をあけつつ、キラの体から力が抜けるまで、わざと音を聞かせながら、ついばむようなキスを繰り返した。





「ふ………ぁ……はぁ…っ」


 ふと見下ろすとキラは、すでにくたりとして真っ赤になっていた。それは初めてかつ濃厚すぎるキスのせいなのか、アスランを見て真っ赤になったのか、にわかに見分けが付かなかったが。



「ごちそうさまvキスは、大丈夫みたいだね。もうすぐ撮影始まるから、着替えよっか」

「あ、はい。じゃ、少し外で待っていてください」


「何言ってるの?それ、巻き直すんだろう?一人でできるの?」





 目の前には例のさらしが無造作に脱いで置いてあった。今朝、ミリィとフレイに手伝ってもらって苦労のすえ、巻いてきたさらしだったが、さすがにきつかったので我慢できなくなって脱いだのだった。



「でも……」


「一人ではできないだろ?かといって他の人に頼めないだろう?俺が手伝うしかないじゃないか」


「う゛…それは……そう、なんですけど………」





 アスランはすべてを判っていながら話を進めてゆく。まるでそうすることが当然かのように。


「じゃ、ここで脱ぐしかないね。大丈夫!俺なら黙っててあげられるから」

「ホント…ですか?」


「その代わり!さっきも言ったように、俺と付き合うことが条件だよ」

「わかりました」





 仕方なくキラは着ていたカットソーを脱ぐ。今出会ったばかりの男の人に見られてるかと思うと、恥ずかしさで目から火が出そうだったが、かといって他の人にばれる訳にも行かない。

 幸いアスランは黙っていてくれると言ってくれてるし(条件付だが)、ここは彼に従うしかなかった。





「あ…本当だ。胸、小っちゃいんだ。だから女の子だってばれることもなかったんだね」


「ぁ……ぅん」


「少し…触ってもいい?」

「え…?」





 キラが面食らってるうちに、アスランは背後からスッと腕を回し、キラのほんのりふくらみかけたそれに指を這わせた。


「ゃ……っ!何を…っ」





もみもみ……さわさわ………さゎゎわわわわ……………。





「気持ちいい〜〜v」


「ゃだ……何して………ッ」


後編へ→

いいわけv:思ったより長くなったので(いつものことさ〜♪)半分にぶつ切りしましただ。それにしてもキラも不謹慎だけどアスランも不謹慎です。出会った瞬間からナニやってんでしょうかこのスケコマシは(怒)色っぽい声なるものを初めて書いてみましただ。

次回予告:キラが抵抗しないことをいいことに、アスラン…手ェ出しまくり(笑)そしてバレンタイン当日、なんだかんだ言ってキラの心をプレゼントして貰うのであった。

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