ボーダーライン〜夢とうつつの境界線〜

<前編>

 その夜、アスランはキラの細い身体を組み敷いた。有無を言わせぬ力で押し倒し、動けないように彼の手をベッドシーツに縫いつける。


 いきなりなことでキラは何がなんだかわからないだろう。そんなことは判っていた。

 驚愕に目を見開き、何か言いたそうに彼の口が開いては閉じる。





 キラは、実際何も言えなかった。

 いつもは親友のはずのアスランが、今夜に限っては何だか恐ろしくて。彼が何故こんなことをしてくるのかが判らない。


 恐くて。恐くて。


 でも…抗議の声すら出せなくて。



 アスランはそのままキラの首過ぎに顔を埋める。

 そうすれば、その後どういう事になるのか、キラでもぼんやり判っていた。



(やめて…やめてよアスラン!)


 声が…出ない。全く。



 キラが動けないことをいいことにアスランは、手際よく彼の服を一枚一枚器用に脱がしてゆく。



(やめて…!もう…やめて!!)


 何か言って欲しい。


 だがアスランはこの日に限って一言も声を発しなかった。

 彼の顔は予想通りだんだん下へ下がっていき……………。


 キラは真っ白になった。



 自分のものとは違う、たくましい胸が上から覆い被さってくる。

 その圧迫感に気おされる。



(僕は………)





 アスランは知っていた。

 今までのキラはキラであってキラでないことを。



 アスランは満足そうにキラの身体を凝視する。

 キラがそうなることを彼は最初から知っていた。



(ああ、そうそう)


 緩やかな曲線で出来たたおやかなキラの身体に、非常に満足してアスランは自分の身体を進める。かなりの間、キラはささやかな抵抗を続けていたけれど、それも時間を追うごとに変化していった。


(アスラン!)



 キラのほうは、あまりに変化に頭がついて行かなくて。自分という存在が根幹から崩れていったような気がして、あまりのショックに自分を失いかけていた。


 取り戻せたのは皮肉にもアスランの存在を感じさせられたせい。



 今まで知ることのなかったダイレクトな感覚に驚愕し、それを追おうと身体が自然に反応していることに二度驚き、そしてあまりの悲しみに涙した。



「ッ!」


 涙を見たくないのかアスランの深い口づけが降ってくる。

 しかしそうされればされるほど、キラは哀しくなり泣いた。



(もう、友達には戻れないの?)


 キラの身体はアスランを必死に追おうとしている。

 彼に、合わせようとしている。


 自分がまったく違う人間になったような気分だった。



(カガリは…!どうしてカガリのところに行かないの!)


 頭の中で考えたがってる理性と、離れて欲しくないと思う欲望が同時にやってきて。

 その日を境に、全てが変わった。



 夜になるとアスランが部屋にやってくる。キラは泣きながらも彼を迎え入れる。ずっと、そんな日が続いた。

 キラが、洗面所で嘔吐するまで。





 太陽が水平線に落ちてゆく。

 そしてやはりアスランはキラの元にやってきて、彼女の隣にそっと座った。



「泣かせたくは、なかった…。けど……」


「きょ…今日も、するの?どうしてカガリのところに行かないの?」

 月明かりの中、キラはそっと聞く。だがアスランは何も言わずに首をふるふると振るだけだった。



「今日からは、しないよ」


「どうして?」

「キラ…デキたみたいだから」


 瞬間、キラの顔は青ざめた。まさか!と思った。



「ちゃんと、確かめてる」





 悲しくて、悔しくて、キラは泣いた。


 自分はもう、今までの自分ですらなくなっていた。



 周囲になんて言えばいいの?

 ラクスにどう詫びればいいの?

 キラの悲しみを受け止めて、そっと…今でも彼のために待ち続けている彼女に。



「……………」


 キラの内心を知りもせず、アスランは彼女の身体をそっと抱く。

「今までが今までだから、悪いとは思うけど堕ろさせるわけにはいかない」



「!!!」


 内心を読まれてる、とキラは思った。





「俺の指示に、全て従ってもらう」


 それは屈辱の始まりだった。


 身体が安定するまでは、まるで監視のようにアスランはキラに付いていた。安定してからも、キラがハンガーストライキをする度、アスランは口移しをしてでも無理矢理彼女に食事を取らせる。

 それもこれも、そして順調に大きくなっていくお腹さえ悲しくて。


 自分の中にいるのが、自分の血を分けた子供であることは知っている。

 アスランの血をも引くことも。


 それゆえに、怒りさえキラには湧いてこなかった。





 そうやって時が過ぎ、二人の間に生まれたのは皮肉にも男の子。その小さな乳児をすぐにキラは抱き上げて愛おしそうな瞳で見つめる。

 小さな彼が乳を飲めるようになるとすぐに、たっぷりの母乳でいっぱいになった乳房を口に含ませた。乳児が一生懸命乳を飲んでいるその傍らで、キラはアスランがどうしてこんな酷いことをしたのか、やっと真意を聞かされた。



<父の、遺言だったんだ。だから、どうしてもキラに断られるわけにはいかなかった…>


 あまりの理不尽さにキラは今日も何度目かの涙を流した。


 自分は全てを失った。

 それでもこの子と共に生きていかなければならない。



 自らが産んだ分身は、確かにとても愛おしい。

 けれども、それは天涯孤独と引き替えになった。



 キラは本当にそう思った。


後編へ→

いいわけ:年の瀬に、バスの中で思いつきました。一見暗〜い話。一見…ね。判りにくいんですが、エロの途中でキラは男から女に変わってます。
次回予告:………ということは当然後編は打ってかわって、真逆になるということです。このダークな前半ぶち壊し

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