ざらじぞう

 しんしんと降りつもる雪、世界一面が深く冷たい結晶に包まれた、美しくも荘厳な環境……………などではなく、はらりはらりと舞い落ちる桜の花びらのもとで二人………いいやどちらかと言えば約一名が愛する人と無理矢理引き裂かれるという、一方的で壮絶な経験。

 そのときの断末魔の声は、街中にしばらく鳴り響き、ホラー映画のネタともなった。


「……………」


 数年後、うつくしく成長した町娘、じゃなくてカレッジ入学直前のキラは顔一面に冷や汗を浮かべていた。

「ど・う・し・よ・う………」


 ここは家の隣の公園。そして彼女は砂場の前で呆然となった。
「どの石か判らなくなっちゃった…」


 彼女は思う。ヤバい。本気で恨まれる…と。向かうところ敵なしの彼女が唯一恐れるモノだ。


 目の前には小石がゴロッと6、7つばかり転がっている。そのどれも似たような大きさだから困っているのだ。

 そのうちの1つが彼女の探す石。それ以外はきっと近くの子ども達の大事な遊び道具になっているのだろう。


「全部持って帰るには………重すぎるよねー」



 というか、ぶっちゃけこんな石ばかり持ち帰って部屋にでも置いておけば………。


 きっと、
「なぁにキラ!この石は!縁起が悪いから捨ててきなさい」
と言われる。そして某地方に伝わる縁起の悪い習慣について懇々と説明され、そして処分=捨てられる。



「そしたら………区分は埋め立てゴミじゃないか!」

 ああ、いかんいかん!それだけは絶対にいかんのだ。なぜなら、キラの探している石は、美しいかどうかは別としてあの日の大事な記憶。


 大好きな桜並木の前で、彼女は幼馴染みだった男の子から、涙と鼻水ながらに今度から違う学校に通うことになると聞いた。


 そりゃぁ、彼には散々振り回されてきたし(怒)、
 あらぬ噂を先行で流されまくって(呆)、
 まともな男女交際などという甘酸っぱい経験をすることもなく(悲)、
 良いように彼の手のひらの上で踊らされてきたような気もする(悔)



 が、だからといって彼のことは満更嫌いではなかった。幼馴染みの縁か、隣にいても変に気負うこともないし、好きかと問われればそうかなと思ったりもしているから。


 ところが、絵に描いたように舞い散る桜吹雪の中、ある程度成長した彼はどうやらキラよりも余計な知識をサッサと覚えていたらしい。迷惑な話だ。


「離ればなれになる前に、一度だけで良い。キラの全部が欲しいんだ」


 そのセリフの意味が判らないような年頃でもなかったキラは、当然断固拒絶した。だって、



「………。あのさ、進路が違うだけでしょ?ってか、アスランの進学先、隣の市じゃない!?」


 そう、彼がユニバーシティに通う為、隣の市に部屋を借りたとしても、会えなくなってしまう距離でも何でもない!通常常識で、その距離は近いと判断される。


「俺は………今、キラと離れているこの30pの空間でさえ嫌なんだ」

 頬を染めて、切ない顔をしてまで言う言葉じゃない。



「いい加減にしてよね!」

「俺は本気だ。いい加減な気持ちでキラと付き合ってきた記憶はない」


 つまり、周囲への牽制に全力で勤しんでまで、彼はまともな男女交際とやらをしてきたつもりだったらしい。主張は平行線のまま。会話は当然、噛み合っていない。

「あのねぇ!僕は残念ながらこれでも女の子なの。その…もう、男の人とそういうコトしたらタダじゃ済まなくなるかも知れないの!判ってるでしょ」


「理解は出来ても、納得などサラサラ出来るかぁぁあああ!キラァァアアァァァァァアアアアアア!!!!!!!!!」



と、叫んで全裸(何故?)で飛び込んできた男に、あの日あの瞬間非常に都合よく天誅が下ったのだった。


 どこから飛んできたか超巨大ハンマーが彼の身体を一瞬で押しつぶしていた。そして、紙よりも薄くぺらんぺらんになった彼の身体(だったモノ)をグシャリとひっつかみ、キラの目の前に救いの女神は現れた。


「アブないとこだったな…。もう大丈夫だぞ。変態は退治したからな」


 その女神様は、光り輝く美しい金髪を揺らしてキラの前にぷかぷか浮かぶ。


「あの……あな、たは………?」

「カガリだ。この世界を見守る愛の女神をしている」


 ひどく気さくな女神に、キラは面食らった。確かにいきなりな出現とか、背中から羽が生えてるとか装置もないのに微妙に空中浮遊とかは女神様なんだろうけど………なんか、キラの予想を大きく裏切るような全く女神らしくないフレンドリーさがやたら気になる。



 騙されていると思いたかった(希望)が、女神の背中から生えている羽根は本物だった。触れば生暖かく、叩けば痛いと怒られた。


 とたんに気になるのは、幼馴染みの存在。彼は未だに愛の女神ハンマーで押しつぶされ、彼女の手に握られたまま、風に揺られぺ〜らぺらとはためいていた。

 いや、今の状況では都合はいいんだけど。



「あ………あの、女神様は分かりました。窮地を救っていただいたことにも、すごくすごく海よりも深〜ぁく感謝します」
「どういたしまして!よかったな」


 快活な笑顔を浮かべる女神様。いや、論点はそこじゃなくて。


「あの…それで、アスランどうなるんですか?」
「アスラン?なんだそりゃ???」


 目の前の窮地を救う、その正義感でいっぱいになったカガリはアスランが何を指すのかも知らなかった。


「ソレですソレ。女神様がぶっ潰したそのぴっらぴらです」

 潰れアスランはヒラヒラと風を受けてたなびいている。


「ああ、これがお前の言うアスランか!あ、それと女神様はこっぱずかしいな、カガリで良いぞ」
「……………」

「それで、どうする?お前はこれをどうしたいんだ?」


 逆に問われてとまどった。どーする?どーする!?どぉするキラ!!!

 イロイロ餓えまくったアスランをこのままにしておきたい気もめちゃくちゃするが、それでは彼の両親に申し訳が立たない。だからといってこのまま解放されれば、きっと間違いなく彼のリトライは成功するだろう。



「………う〜〜〜〜〜。困った」


 選択に異常に困る二択が目の前に現れた。


「困ったと言われても、私だって困るぞ。とにかくどうするか早く決めてくれ」

 キラは、結論をせかす女神がいるという事実を初めて知った。



「とにかく彼には無事でいて欲しいんですけど、その…何というか、しばらくは僕に対して石みたいに固まっててくれたら安全かな……とか」


「石!解った!石にすれば良いんだな」


「……!!?え!?ちょ……………」

 勘違いしたままの女神の決断は、電光石火だった。ヒラヒラのアスランは一瞬にして握りこぶし大くらいの石にされてしまったのだった。


「ああっ!アスラン!!!」

 後悔は、後からするものとみつけたり。


「……………」

 オマケに早とちりする女神も初めての経験だ。神様というのは、全てを見渡せて熟考したことを行うもの、という価値観はどうやら崇める側の勘違いだったらしい。


「大丈夫だ。ちゃんとお前の望みを聞き入れて期限付きだからな。しばらくすれば元に戻るから、その時に二人で話し合うなりなんなりしてくれよな」

 じゃっ♪とサッと片手を上げてこの上ない爽やかな笑顔と共に、カガリは雲のように消え



 ………ちまいやがった(後半キラの愚痴)。



「ちょっ!カガリ!この石………てかコレ、アスランだよね?アスランで良いんだよね?」

 手のひらにはどこにでもありそうな石が一つ。見れば見るほど信憑性に疑問が残る。



 そしてキラは途方に暮れた。


 目の前で石に変えられたアスランだろうモノを<紛失>するわけにもいかず、キラはソレを自室のテーブルの上に置いていたのだが。


「………!!!無い!無い無い!無いッ。ぅッわ…超ヤバ………!」

 ザラ家にはアスランは休みを利用してヤマト家に入り浸っている、と伝えてある。元々留守の多いザラ家では、キラの時間稼ぎは何の疑いもなくすんなり受け入れられていた。


 しかし、時間稼ぎにも限界があることぐらいは知っている。


「あの…母さん、ここに、置いて…た………石は?」



 と言うわけで、話は最初に戻る。


 キラは散々母親に、このような石を持ち帰る趣味をもたれては困ること。一つ持ち帰ったらきっと数が増えるだろう事。増えた石をどこかのホラー映画のように積み重ねられては縁起が悪いうんぬん……を、ネチネチ説明され、結局、


「窓からポイッてやっちゃったわよ」



 その瞬間ムンクの叫びができあがった。


 キラが慌てて覗いた窓の外、そこは公園。そして、目の前の砂場には子ども達がどこからか持ってきた石と既にごっちゃになったであろうソレらを発見した。


「と…とにかく!どれがアスランなんだかわかんないや」


 石の形など覚えていない。当たり前だ。仕方なく、子ども達に見つからないように、公園の敷地の隅にそっと半分埋めるように並べて置いた。



「うん。1pほど頭を覗かせておけば、どうにか呼吸くらい出来るよね」


 それは人間に都合のいいひどく勝手な理屈だった。


 3日もしないうちに、アスランは苦しくてたまらなくなった。元は人間、肺呼吸だけでなく皮膚呼吸だってしている。それに、生きている限りには腹も減るし垢も溜まる。

 そんでもって季節は春先、当然寒さでガタガタ震える。


「コレでどうやってキラにアタックしろって言うんだ!」

 わめき続けたアスランの声なき声は石にされてから五日後、ようやく女神の耳に止まったのであった。



「ったく、ぅるさいなぁ…。落ち着いて寝られやしないだろ?」


 黄金の髪を持つ愛の女神は、とても迷惑そうにほぼ埋まった石の前にしゃがみ込んだ。


「うるさいじゃない!キラを見失ったらどうしてくれるんだ!!!」

 ここに来たが百年目とばかり、アスランは自分がキラをいかに愛しているかを………女神があきれ果てて居眠りするほどしゃべり倒した。



「お前…そんっなにキラのことが好きなのか?」

「彼女とは結婚の約束もしているんだ!他の誰にも渡さない」


「ちなみに参考の為に聞くが、ソレはいつの話だ…」

「1歳8ヶ月の時だ。キラは2歳になっていたけど、指輪を交換してちゃんと二人で誓い合った」



 女神はほとほとこの男の執念に呆れ果てました。だってソレって、おままごt……ゲフン!


「今でも好きなのか?」

「俺がこんな事になっている間にも、悪虫どもがキラを狙っているかも知れないと思うと気が気じゃない」



 アスランはカガリに宣告されました。

「アホはお前だ!」



 そんな女神とも思えぬ暴言を綺麗にスルーして、アスランは現状がいかに不味いかをカガリに説明した。


「そうだったのか!この辺では石ころは埋め立てゴミなのか!」

 カガリは当然女神様なので、リアルな自治体のゴミ処理区分など知りません。


「ソレは不味いな」



 埋め立てられたら再会以前にアスランの命が危ない。だって彼は埋め立てゴミ……。





「判った。じゃぁ、妥協案としてこうしよう」

 愛の女神カガリの不思議な力で、アスランの姿は変わった。


「元に戻してくれるんじゃなかったのか!鬼畜!外道!純情少年の敵!」


 女神に対してなんて不届きなのでしょうか?

 暴言の罰として、アスランは動けないことを良いことに女神の気が済むまで殴られました。



「わがまま言うなよ。それなら子どものオモチャにもならずに済むし、おいそれと動かそうとする人はいないだろ?」

 例え行政上の配慮とか公共の福祉とかいう名目で動かされたって、この姿ならしかるべき場所に安置される。



 キラの知らないところで、アスランは他の石ころと共に地蔵にされた。


 世のハイスクールの生徒達が俗に言う春休み、を満喫しまくっている頃。公園に遊びに来た子ども達は、積み木代わりに遊んでいた石が無くなっていることには気付かなかったが、彼らの親が、いつの間にか並んで建立されていた地蔵像に気付いた。

 それとほぼ時を同じくしてキラも気付く。


 自室の窓からその奇妙な一夜地蔵を見下ろし、彼女の頭に浮かんだのは無数の「?」だった。


「すっご心臓に悪いんですけど……………」


 第一印象はコレ。だって数日前に突如出現した女神により幼馴染みを石ころに変えられ、その石ころを母親の手によってこの公園に投げ捨てられ、見事にどれがどれだか判らなくなってしまった。でもって突如過ぎるお地蔵群の出現。



「いやいやいやいや!考えすぎだ、僕!大丈夫!まだアスランは生きてるよね?生きて、る…よね?きっと…たぶん…ん〜〜〜多分っ」


 こんな場所で不幸があったなんて、考えたくもない。


 そんな、前に立って手を合わせでもしたいがそんなコトしたらまるで、アスランを失ってしまったみたいではないか。


 それこそ、縁・起・で・も・な・い!!!!!



「確か女神さ…カガリは姿を変えただけみたいなこと言ってたし…」

 可能性に賭けてみる。既に物言わぬ石だけど。おかげで日常生活とはこんなにも足かせがないものなのかと、今更のように満喫中だけど。


 入学式も後半月に迫った頃、キラはさすがに良心の呵責に駆られ、せめて地蔵に供え物をし始めた。自分の心を少しでも和らげるために。


「お供え物って言ったら、とりあえず果物とかが一般的だよね?」


 最初の日は、リビングのセンターテーブルに置かれていた果物かごから、ちょいと拝借して供え、鄭重に手を合わせお辞儀をしておいた。



「こんな事になったけど、どうか!どうかアスランに恨まれませんように!!!」


 翌朝見ると、キラが供えたリンゴは芯だけに、ミカンは皮だけが残されていた。


「……………。食ったの!!???」


 誰!!!!!??



 まさか!と、文字通り青ざめながら頭の中で思考を都合のいいように解釈しようとした。


「いやいやいや!違う!お地蔵様じゃないな。うん。コレはきっと近所の子どもか、ホームレスのおじさんに違いない」


 そう思って、近くに捨てられていたビニ傘を開いてかぶせておいた。おじさんが雨露をしのげるように。


 ホームレスのおじさんならまだまだ温かいとは言えないこの季節だ。少しでも助かっただろう。


「これは…たまには僕にボランティアをしろっていう天の啓示だね!」

 キラは勝手に解釈し、とにかく良心の呵責に駆られるまままたお供え物をして置いた。



 ところが翌朝見ると、前日置いたばかりの個包装のまんじゅう−ぶっちゃけ仏壇のお下がり−は、破られた包装紙だけが残っていた。キラはこの日小遣いで買った肉まんを袋ごと置いて帰った。


 さらに翌朝、キラは地蔵の前に立って驚愕することになる。

<肉まんありがとう!すごく美味しかった>


 そして彼女はつい叫んだ。


「あ・り・え・な・い!!!!!!!」

 お礼のメモを残すなんて、今時なんて律儀なホームレスかと感心すらした。


 そして、だんだん地蔵の前に置かれたメモの要求はエスカレートしていった。


<サンドイッチが食べたいです>

<果物は桃が好物です>

<寒いので今度おでんをくれませんか?>

<喉が渇くので温かい飲み物もお願いします>


<雨漏りがするので、傘を替えてください>


 そしてついには

<栄養が偏ると身体に悪いので寄せ鍋を作ってください>


「いい加減にしろ!お前は宮沢賢治か!!!」


 入学式も間近に控えたある日、ついにキラは怒り狂って供え物をせずに帰りました。



 その日の夜、キラは恐怖の体験をしたのです。友人達と携帯でおしゃべりを楽しみ、ネットで夜更かしをし、ご満悦でベッドに入ってウトウトしかけた頃、彼女は目の前にあり得ない光景を見たのでした。


「………………………!!!!!!!!!!!!」


 彼女にのしかかっているのは、ここ最近良心の呵責を軽くする為供え物をし続けたお地蔵様でした。その姿はまさに子泣き爺ぃそのものでした。しかも、その組成は石なので当然のように重たいです。


 こ…これが世に言う神罰か!?と一瞬思いましたが、現実に考えてそのようなことがあるはずありません。



「くぉんのッ!!!誰だ!」


 きっと、どこかの知らないあほんだらぁが地蔵のかぶり物をして侵入したと思ったのです。

「姿を見せろ!不届き者」

 そう言いながら地蔵をひっ掴むと、かぶり物らしきモノが取れました。


「やっぱり強盗じゃないか!通報してやる!とっちめてやる!」



 ところが、引っ剥がしたかぶり物の下はまだ地蔵が現れました。


「ほほぉう!二枚重ねにしてるとは用意の良い野郎じゃないか!しかぁし!地蔵姿を選んだのが運の尽きだね!正体を見せろ!」


 地蔵のかぶり物は腕部分が自在に扱えないことを良いことに、キラは次から次へかぶり物を引っ剥がしまくりました。そして限りなく引っ剥がしたその先には、小さな小さな小石(なんか地蔵に似てる)があったのです。


「マトリョーシカ(注)かお前はッ!!!」
(注)箱を開けたら同じ人形が何度も出てくる入れ子人形で、ロシアの代表的人気工芸品。



 キラは気持ち悪くなって、かぶり物ごと本体を窓から投げ捨てました。


「お前………そんな姿になってまで、アイツのことが好きなのか?」

 その日の夜、地蔵の前に久しぶりに現れた女神は、地蔵が痩せこけていないばかりかやたらめったらツヤツヤ…いや、目がぎらつき鼻息が荒いことに唖然としていました。そんな女神様の呆れ果てた質問に、地蔵は泣きながら首を縦に振ります。


「毎日ご飯を貰ってたのか…」

 それはその辺に集められたリンゴの芯(だったもの)やカラカラに乾いたミカンの皮、クッキーの包装紙、コンビニのおでんの容器と割り箸ですぐに判りました。


「それにしても…ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てような?マナー悪いぞお前…」

(……ごめん。トイレに行くだけで疲れ果てて…)←近所の公衆


 ぉおっと。女神様は人間ではないので、石となったアスランの声がちゃんと聞こえているのです。石になった身体は想像を絶するほど重かったようです。



(お腹空いて…けど、キラが持ってきてくれる食料じゃ全然足らなくて……それで…)

 要求は増えていったらしい。



「怒られるのは当たり前だバカ」


 普通、いくらお地蔵様だからといって、一日平均1200キロカロリーの食料を供える人はいない。


(怒らせてしまって。昨日は何もくれなくて…)

 催促に行ったらしい。渾身の愛の力で。



(もうこうなったら、ご飯食べられなくてもキラが食べられれば本望だと思った)


「アホかお前は!」


 地蔵は女神様にグーで殴られました。


 その後、女神によるアスランの説諭は夜明けまで続いたと言います。そして、運命の日。ついにカガリは窓からキラを呼び出しました。


「カガリ!」

「久しぶりだな、キラ。ちょっと相談があるんだが、良いか?」


「うん、なぁに?」

「そろそろアイツを解放してやりたいんだが…」


「ヤです」

 即答だった。


「まァ話を聞け。ここ半月、アイツも充分反省したらしいんだ。お前の優しさも身に染みたとかなんとか言ってた。だから、そろそろ潮時じゃないかなと思ったんだが…」

「僕には今までのアスランの(迷惑な)記憶しかありませんから!と言って断りたいのは山々なんですが、そろそろイロイロ都合が悪いんですよね〜コッチも」


 などという現実的な理由で、アスランは解放された。



「キ、ラ………逢いたかった!本当に、すごく逢いたかった…」


「僕も…と言いたいところだけど、僕は本当に羽根を伸ばせました。ありがとうカガリ」

「そりゃ、どういたしまして」

 女神は一瞬、このタイミングでアスランを解放したのは間違いだったのかと自問自答したと言います。



「アスラン飛びつく前に僕の話をよく聞いて!君がこんな事になってる間、僕は君がいない理由を最大限こねくり回して、言い訳しておいてあげたから!感謝してよね、石だ…なんて言わなかったから」

 無論そんなこと言いだしたら病院送りにされるから言わなかっただけだけど。


 そう、休みを利用してキラの家に入り浸ってるとか、レノアがたまに帰ってきてもちょっと旅行に行ってるとか、ありもしない嘘を重ねておいた。清く正しい交際を続けております決してやましいことなぞしておりません。アスランだって来月から学生な訳だし、入学式には間に合うように戻ってくる気だと思いますよ、と。

 完全にアスランを居たたまれない気持ちにさせて、飛びつきを心理的に封じ込める作戦だが、引っかかってくれたことはとても都合がいい。


「判ってる。キラならそうしててくれると思ってた。俺もね、この間色々考えたんだ…」


 基本的に地蔵なので、食べて公衆トイレに通って、寝る以外は妄………いいえ、瞑想しかできません。女神の行いは結果的にアスランに考える時間を与えたのです。


「キラが好きだ。でも、その気持ちだけだった自分に気付いたんだ。だから…」


 人間の姿に戻ったアスランは夢見る乙女のような視線で、彼の誓いを二人にぶちまけた。


 一応大事(そう)な話だと思ったので、キラも女神様もアスランのキモ顔は完全スルーして、我慢して彼のドリー夢を最後まで聞きました。


「これからはキラの友だちづきあいの邪魔はしない。友だちを選別して裏で再起不能にさせたり、身辺調査をしたり、盗聴盗撮も全部止める。言動調査も、メールの送受信のチェックもクロックもしない。一緒に街を歩いてても辺り一面にガンを飛ばすこともしないし、キラに色目を使ってくるヤツを後で伸したりもしない。もしこれからキラに告白してくる男の子がいても、自分が彼氏なんだって言葉でやんわり言うだけにする。そして、半径30メートル以内に男を近づかせないようにするのも止める。だから…だからキスまでは許して欲しいんだ。学生でいる間は手は出さないようにする。ってか、これからも君のことを一筋に想って我慢するから、卒業したら一緒になりたい。その暁にはCまで許して欲しい」



 一人の女の子と一人の女神のグーのこぶしが、同時にアスランの顔面にめり込んだ。


女神「こ、の………破廉恥野郎〜〜〜ッ!!!」
キラ「お前は僕の知らないところでそこまでやってたのか!この腐れ外道〜〜〜ッ」


「ふぐぅぉ………ッッッ……………」


 ワン、ツー、スリー、フォー………テン!カンカンカンカンカ〜ン!アスランは完全にマットに沈んだ。

 キラは過去を回顧する。道理でまともな日常生活が送れなかったわけだ………と。



「やっぱまた石にしとくか?コイツ、どう見ても単なるアブないヤツだ…」


「そういう訳にもいかなくてねぇ。現実は色々厳しいんだよ、カガリ」
「そう…なのか……。お前も色々大変なんだなぁ」

 女神は困ってしまった。



「あのねアスラン。君一応お坊ちゃんなんだし、もっと自分に自信持っても良いと思うんだよね」

「き…キラ………」


「普通にね、手を組んで歩いてるだけで充分なんだよ」

 そこんところ、恋にトチ狂ったアスランには不安で不安でたまらなかったらしい。


「アスランの僕に対する気持ちは嬉しいし、なんだかんだ言って優しいアスランもちゃんと好きだよ。ただね、人として迷惑行為だけは、もう止めようね?アスラン」


 愛する愛する愛する溺愛するキラに諭され、アスランは純粋に彼女にすがって泣き崩れました。こんなになってもなお、自分のことを好いていてくれる彼女に感激した模様です。




 地蔵から人の姿に戻ったお坊ちゃんは、五年後、正々堂々と彼女を自分の隣にいるべき人の地位と世間並以上の幸福を彼女にもたらしました。




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