第20話
「これ…どうしてもキラに受け取って欲しくて………」 差し出されたのは小さな、手のひらにすっぽりおさまるサイズの箱。それから充分導きだせる答えは、一目瞭然だった。 「あ………ぇと……」 キラはどうしていいか判らない。 何と答えたらいいのだろう? どういう顔をしたらいいのだろうか? この場合、手をさしのべるべき? その小さな箱を、受け取るべき? 「なかなか言い出せなくて……ずいぶん前から机の奥にしまってたんだけど…キラを別の男に取られるの、嫌だから…だから俺……」 渾身の勇気だったのだろう。アスランは真っ赤に染まった顔を逸らし、ぎゅっと目をつむってその小さな箱を開けた。 中には案の定、宝石の付いた指輪がおさまっていた。 「すごい大きさ……」 そう、それはイミテーションなのではないかと思えるほどの大きさの石だった。これ、本物だとしたら一体いくらするのだろう? 「気に……入った?」 恐る恐る聞くアスランが、いつもの調子など微塵も感じられないほどに震えていて…。 「これを…僕、に?」 「給料3ヶ月分…」 言わなければならない言葉が出ずに、言わなくてもいい言葉が出てしまう。そんなことにも気づかないアスラン。 こう言われれば誰だって気づくだろう。 これは…プロポーズなのだと。 色恋に全く縁のなかったニブニブキラでもさすがに気が付いた。 「僕が受け取っても…いいんですか?」 キラはなんだかふわふわしていた。目の前で起こっていることなのに、一つも現実感がしない。 これは夢を見ているだけなのだと説明されれば、容易に信じてしまいそうだった。 「俺…キラに受け取ってもらえなかったら、生涯独身で通すつもりだから……」 相変わらずアスランはキラから顔を背けたままだ。 背けたまま………彼はひどく震えていた。 「あ、あの…僕、その…結婚とかってまだ全然イメージないんですけど、えと…社長と、いやアスランとお付き合いするお話、受けてもいいです」 頭はうるさく「はい」と言えと命令を出していた。だが、いきなりなプロポーズを真に受けるのもまだ怖い気がして、キラは交際の話からと言った。 「ありがとう…」 「社…あ、アスラン……」 「嬉しい。すごく、嬉しい。これ…キラの指に通してもいい?」 キラはしばらく沈黙し、そして肯定した。 アスランの手により、彼曰く給料3ヶ月分の指輪がキラの左薬指に通されていく。初めて通す指輪にしては、なぜかサイズはピッタリだった。 「よく僕のサイズ知ってましたね…」 「ごめん。だって…」 そのあとは言わなくてもだいたい想像は付く。 あの毎日にわたったセクハラだ。なんだかんだ言いながらキラの身体を触りまくっていたときに、覚えたものだろう。どうもこれは、喜んでいいのか悲しんでいいのかよく判らなかった。 その後、適当なときに運ばれてくる食事を堪能し(だって、冷めたらもったいないではないか。キラ談←貧乏性)、アスランが立ち上がったので、帰るのかと思ってキラも立ち上がった。 「キラ、こっち。窓側」 なんだろうと思い言われたとおり窓際に寄ると、いつの間にか陽はとっぷり暮れていて、最上階から見える夜景がやたらきれいだった。 「ああ、やっぱきれいだね」 そう言われるので、夜景が?と聞いたらふるふると首を横に振られた。では指輪のことかと勘違いしていたら、キラのことだと言われ恥ずかしくて顔が真っ赤になった。 こんな時、頑張って買ったワンピースでも着ていれば、雰囲気にピッタリなんだろうがいかんせん会社の帰り。思いっきり会社の制服だ。 ちょっとそこまでと言う雰囲気で来るような店ではなかった。 「改めて言うよ、キラ」 「あの…?」 「俺と…付き合って、ください。もちろん…男女の関係で」 立ったアスランはかなり背も高い。 精一杯の勇気を振りしぼって言っているらしい彼を見上げて、キラはいつになく素直に…本当に素直に、はい、と返事を返した。 「キラ…お願いが……」 「はい…」 「キラにキスしても、良い?」 もはやキラは何も恐れていなかった。今までのセクハラも水に流せていた。目の前の真剣な…でもキラに断られるのを恐れている瞳の持ち主を、好きになれそうな気がしていた。 けれども…彼女は目を見開き、口が半開きになったまま何も答えられなかった。 「やっぱり……ダメ、かな………?」 いくら努力しても、唇がわずかに震えるだけで言葉にならなくって………困ったあげくに瞳を意識しながら閉じた。 暗い視界の中、背中を包むような腕を感じ、そして唇に温かい彼が優しく触れたと思った。 その瞬間、キラの中で全てが変わった………。 数日後。社長室でラクス・クラインが大泣きしていた。キラをアスランがかすめ取ったと言いながら。 「違うよ、ラクス。僕が…いいよって言っちゃったんだ」 「あぁあ”〜〜変態の強引さについに押し通されたのですね〜〜〜。酷いですわ変態!卑怯ですわへたれのくせに!」 「ラクス!こんなところでいつまでも大声で泣かないでください!それに俺は、キラに交際を強要した訳じゃありません」 だがいくらアスランが弁解しようとラクスはうわのそらだ。そこはそれ、さすがアスランの親戚である。 彼女もキラの言うことしか聞いていなかった。 「ああ可哀相にキラ…。騙される前になぜ一言わたくしに相談してくれなかったのですか〜〜っ」 「だからアスランは騙してないって……」 「この間までわたくしの可愛いキラだったのに……。もうアスランを名前で呼ばせるようにしたのですね。許しませんから!この恨みは絶対に忘れません」 ラクスは相変わらずキラのハンカチを未練がましく握りしめながら、すっくと立ち上がるとやはり大声で泣きながら社長室を去っていった。 「すごい涙の量……」 濡れた床を見下ろしながらキラは呟く。 さすがはアスランとうり二つのラクス。アスランとの交際を承諾したことで、床の拭き掃除から逃れられると浮かれたら早速これだった。 「キラぁ…ラクスあんなこと言ってたけど、俺はキラ一筋だからね。見捨てないで…キラ」 「判ってます。判ってますから、アスラン…午前中に会議が2つ入ってますからね。行きましょ」 「うんっv」 そしてアスランはそのまま一生キラの手のひらで転がされることになった。とは言っても、当のアスランはキラにメロメロで全く気づいていなかったが。 ちなみにその後、大学を卒業し、本格的に服飾デザイナーの道に進んだラクスが、モデルとか言いながら、しょっちゅうキラをオフィスに連れ込んだことは言うまでもない。 中編インデックスへ戻る→ 駄文トップに戻っちゃう→ 言い訳v:本ッ当〜〜に、ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました!久しぶりに「ワンデイツーデイ」のノリで、更にへたれ度と変態度を強化できて、個人的にとっても楽しかったんです。これがホントの自己満足?イヤでも、公開したからにはご感想知りたいな……(笑) |
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