衝撃です!ちるものです!!!


<後編>

 アスランはきょとんとして、そして笑った。
 自分の姿形に釣られない人を初めて見た。そしてバッグの仲から分厚い封筒を取り出し、中身を一応数えてからキラに渡す。

「お確かめ下さい」
 そう言われて受け取った札束をキラがぎこちない手つきで数え始める。

「はい。確かに受け取りましたので、領収書にサイン下さい」
 そう。どんなときでも領収書。それにアスランのサインをもらって、割り印を押して渡した。


「次月から家賃は前家賃でお願いします。振り込みでも自動落としでも、不動産に渡してもらっても、直接来ていただいても構いません。けど滞納の無いようにお願いしますね」
 じゃないとまたこんなところに一人で来なきゃならなくなる、とキラは肩をすくめて見せた。


「メールを…。メールをくれない、かな?」

「は?」


「いや多分、郵便受けとか見る時間無いだろうし。だからメールでも、そりゃ電話のほうが嬉しい、けど………」


 さっきまで自身に満ちあふれていた男が、打って変わったように子猫のような態度になった。
「見るんですか?メール…」

「メールはちゃんと見るんだ。本当は電話の方がいいけど、繋がらないこともあるし」
 仕事でだ。お客の女の子と長電話していることも、よくある。



 キラはため息を付いてOKした。アスランからメアドと携帯ナンバーを裏書きされた名刺を受け取る。
「ありがとう。どうしても時間とれないならニコルに天引きして送ってもらうから」
「判りました。そういうことでしたらしばらく様子を見ます」


 キラからOKの返事をもらいアスランはホッとした。事務所に置いてあったポットでお茶を入れ、自分とキラの前に置く。
「どうぞ。お茶飲んだら、ご自宅まで送るから。未成年の女の子に、こんな夜道を歩かせられない」

 時計を確認するとそろそろ午後9時になるという頃だった。アスランの真摯な瞳にキラはお世話になりますと言った。





「やっぱりトンでもない職業なんですね」


 キラの発言にアスランは目を丸くする。ここの来るような女の子は高級車を見ても、何とも思わないか、キャーキャー言うかどちらかだから。キラのような庶民的な反応は初めてだった。


「………は?」


「ザラさんのような歳で、こんな高級車……。あ、近くの大通りまででいいです。住宅街って運転しにくいし、古い団地だから思いっきりミスマッチだし」
「いいよ。ギリギリまで運転してくから」


 そしてキラは生まれて初めて世界の名だたる超高級車の助手席に座った。車はさすがに何の衝撃もなく滑るように交通のうねりの中に混じっていく。何度か止まった赤信号で自分の顔にずっと視線が向けられていることをキラは知った。

「よそ見してると事故しますよ」


「君を下ろしたら、君の顔が見られなくなるんだと思ったら、惜しくなってきた」

「だから、お店じゃないんだし、からかうのはよして下さいよ」



 車はキラの指示通り、静かな住宅街に入ってゆく。道幅が狭いのでもういいと言うキラにアスランは苦笑しながらダメだと答えた。

「本当にそう思うんだけどな。ね、ヤマトさん、またメールをくれるかい?」

「え?ええ、25日頃に差し上げようと思っています」


「いや、そうじゃなくて。もっと他愛のないメール」
「は……………?」


 キラはきょとんとした。同時に自宅に着いてしまったので、停めて下さいと言うと車は静かに停車し、ハザードを点灯させた。



「買い物に付いてきて欲しいとか、お茶を飲みに行きたいとか、そういうのも欲しいな」

 キラは真っ赤になって否定した。

「僕はお客さんじゃありませんからッ」


「店外営業はしないよ。そうじゃなくて君のこと全然知らないのにずっと心臓がね、どきどきするんだ」

 シンの言っていた<一目惚れ>の意味を、やっとキラは知った。
 でも、確かに見栄えはするけど、キラだって彼のことは全然知らない。ましてや彼の職業はホスト。そこのところで彼女は迷った。


 けれど迷うばかりで反応を返せないキラに、先に我慢できなくなったのはアスランのほうだった。

「ね、嫌だったらどんなに直前だって、嫌だって言って…」


 そう言うとアスランはシートベルトをはずし、半分立ち上がったまま助手席に近づいてきた。キラは思わずアスランをまじまじと見てしまう。どこか軽率っぽいところのあったハイネと違って、アスランの瞳はとても真摯だった。
 助手席のシートと、ドアの窓枠に両手をついたアスランを前にして、ようやくこれから起こることが理解できた。


「ザラさん……」

 アスランはキラの意志に逆らって性急に近づいてこなかった。けれどゆっくりゆっくり近づいてくる男性はキラにとっては初めてで。唇に何かしっとりとした温かいものが触れた感覚がしたとき、同時に瞳を閉じていた事実に気が付いた。

 彼の唇は予想に反してたばこの味がしなかった。


「おたばこ、吸われないんですか?」

「自分に好きな人が出来て、そのひととキスをしたとき、たばこの苦味がすると言って嫌われたくなかったから」


 これはキラも予想だにしない意外な理由だった。
「そうですよね。たばこは体に悪いですしね」

「たばこの煙は大事な君をもっと傷つけてしまう」
「意外に純情だなんて知りませんでした」



 アスランは居住まいを正してまじめな瞳を向ける。

「仕事以外のお付き合いをしてもらえませんか?」


 キラはしばらく逡巡したが、ほっと一つ笑顔を見せて彼の気持ちに答えた。
「たばこを吸わないことと、健康的な生活をすることと、それと家賃をちゃんと払ってくれれば」



 つけ加えられた一言にアスランは、笑いながら負けたと言った。

 やわらかなハザードの点灯の中の二度目のキスは、キラにひどく性別の違いを意識させた。


(をはり)

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