Happiness Opportunity

 

 入口からしてキラは何度このまま帰ろうかと思ったことか。


 純和風の豪勢な作りの木造建築。かぽ〜ん、こぉ〜んと獅子脅しの音が響く中、引き戸を開けて中に入り飛び石に気をつけながら招待された部屋に入る。その瞬間、彼女の目が点になった……と言うより顔が引きつったと言った方が正しかった。


 突っ立ったままの彼女に声がかかる。



「ぼーっとしてないで入れよ」

「……………ぁ、うん…」


 意外に狭い四畳半ほどの部屋は畳敷き。真ん中で鉄製の釜がほかほかと湯気を立てている。その先にはきちんと正座をして、着物を粋に着こなしたイザークがいた。手にミニのひしゃくみたいなのを持ちながら。



「あの…ぉ?」

 さすがにここまでイメージと合わないとキラでなくても不審に思うだろう。

「あぁ、そこな。座るの。少し辛いかもしれんが俺と同じように座ってくれ」


 しかも、座る場所、座り方まで指定と来た。



 キラは言われたとおり座りながら、引きつった笑顔でイザークに聞いた。

「あの…イザーク、何でここなの?」

 優しいイザークが、何でも話を聞いてやる、などと言うものだからついつい甘えてお茶のお誘いをOKした。少なくともキラはそう思っていた。でも……お茶…って。お茶って!



「茶室に招待したらいかんのか?」

 いや、いけないというわけではない。だが…しかし!これほど似合わない組み合わせもなかった。その前に、近所の喫茶店ではダメなのだろうか?

 ちょっと、悩み事をうち明ける、などという雰囲気ではないのだが………。



「いや…その……」


「大丈夫だ。キラの他に客は呼んでないから」

 言われてみればそうだ。目の前にいるのはイザークただ一人。こんなところ、しきたりとかこ難しそうだが、別にとやかく思う人はいない。ガチガチに固まっていると綺麗なお菓子が目の前に置かれた。

「あ…可愛い」


「どうぞ」

「ぁ…うん」

 目の前に置かれたお菓子を頂くと、見た目以上に甘くてびっくりした。その間にイザークはそつのない動きでシャコシャコなんだかかき混ぜている。

 ようやくキラが食べ終わった頃にちょうどよく、それは運ばれてきた。ひょいとのぞき込むと、大きな椀のわりには緑色の液体が申し訳程度にしか入っていない。しかも、表面は泡だらけだ。


 さすがに冷や汗が垂れてきてイザークを見返すと、彼はただ静かににこにこ微笑んでいた。


(……つまり、これを飲めと………そういうこと、だよね?)


 生まれて初めて見る、綺麗だが不思議な緑色をした湯気の立つ温かい液体。恐る恐る一口飲むと……先ほどのお菓子とは正反対の味がした。


(苦……)

 でもどこかすっきりとした、さわやかな苦みだった。



「落ち着いたか?」

 本当はキラが茶碗を返さなければならなかったが、彼女はそんなことは知らなかったのでイザークは知らないふりをして茶碗を手に取り、水でゆすいで反対側の足下にそっと置いた。


「なんだかホッとした」



 イザークはキラの正面に向き直り、彼女を見つめてくる。何だろうと思いながらしばらく時間が経ち、声をかけようとしたときに彼が口を開いてきた。



「へたれに泣き付かれた」


「……………は?」

 この場合間違いなくアスランのことだろう。確かにここのところ、またケンカをして気まずい雰囲気を直せないでいた。



「だからここに誘ったんだ。他では出来ない話だろう」


「…うん」


 こんなこと、誰かが聞いているかも知れない状況では話せなかった。だからイザークは完全に二人きりになれる場所に誘ってくれたのだ。それがケンカ仲間のアスランのためとはいえ。

 沈黙と、緊張が長く続いた。

 でも、そこまでしてくれたイザークに、言わないわけには行かなかった。


「もう僕…アスランと付き合っていけない。今度こそ別れるって啖呵切っちゃった」

「何…?」


 意を決してキラは言った。本当、こんなこと誰にも相談できない。


「アスラン……もしかしたら…その………ホモかも知れなくて」



 ち〜〜〜〜〜ん………と、寒い音がしたような気がした。

 嫌な沈黙がしばらく続く。



「………………………はァ!!?」

 当然のことながらイザークはその場で固まった。そして頭の中で膨大な情報を整頓し、どう考えてもその可能性はないことに結論づいた。

 彼の知る限り、アスランの世界は98.8%キラで占められている。それ以外は全く眼中にないと言ってもいい。



「ここのとこずっと会えなかったし、そのうち目も合わせてくれなくなって。だから僕と別れたいのかなとか思ったり、その…隠れて浮気とかしてるの知っちゃったり。だから、頭に来て……」


 要領を得ないキラの話。だがさしもの彼女も話すだけで一杯一杯で、他のことを考える余裕はなさそうだった。


…にしても、


<アスランがホモ>


 どこをどう解釈すればそういう話が出てくるのだろうか?

 でもって、キラと別れたがっている?

 浮気してる?あのへたれが?



 到底あり得ない話だ。イザークの知る限り今だって、朝から晩まで「キラが〜、キラが〜〜」としか言わないあの男が!


「すまん、俺には考えられない。もう少し詳しく話してくれるか?」

 キラの話は時間軸が前後し、とぎれとぎれで要領を得ないものの、長い時間をかけてイザークが整理したところによると、つまりこういうことだった。



<その日もキラは何も考えずにザラ家に遊びに行った。当然、合い鍵を持っているのでそのままアスランの部屋に直行したら、張り紙がしてあって入れなかった。

「男同士の話しアリ。女性入室厳禁」


 何のこっちゃと思っていると中から話し声が聞こえる。

 それも

「アスラン!」

「ディアッカ…」

「アスラン」

「ディアッカ!!」

 と。

 とぎれとぎれでよく聞こえないが、なんだディアッカが来てるのかと思いドアノブに手をかけると、ご丁寧に中からロックされていた。


 その後も当然、中から「アスラン」「ディアッカ」…とひっきりなしに聞こえる。


 と言うことが、ここ一週間以上続き、しかも学校でも何となく目をそらしがちだったアスランにさすがにキラは気づいた。


−僕に飽きちゃって、ディアッカに走ってるんだ!−


 説明もしないアスランに怒りが沸き、ぷぅーとふくれて避け始めると、やはりというかアスランはディアッカとの浮気(←とキラは信じ込んでいる)にますますのめり込んでいる>



 だそうだ。


「そりゃ…言いにくいのは判るよ。でも…っ、僕だって…ちゃんとアスランのこと好きなのに……」


 ひっく…ひっくと、珍しく泣きながら怒りをぶつけるキラに、イザークはますます訳がわからなくなった。現にキラの知らないところで、アスランはいつものように何人も告白してくる女の子をすげなく振っている。あの男はどこから見てもキラ馬鹿だ。



「キラ…ちょっと待ってろ。ディアッカ呼んで説明させるから」

 通常ならあり得ない話だ。しばらく考え込み、イザークは部屋から出て携帯電話でディアッカを呼び出した。

 キラの話によるとディアッカがこの変な話のキーマンだ。彼に問いただした方が早い。程なくして息を切らしながら大きな荷物を抱えてきたディアッカに、二人はあ然となった。

「あ〜〜キラちゃん来てて良かった…」


「家出荷物かそれは!」

 はたまた昔懐かし泥棒ルックか?

 伝統的な唐草模様の緑の大きな風呂敷に、ディアッカは荷物をぎゅうぎゅうに詰めてきていた。


「違うって!」

「ちなみに騒動の元凶には茶は振る舞わんぞ」


「…ケチ」

「やかましい!サッサと話してもらおうか!アスランホモ疑惑の真実を」


 途端にディアッカから冷や汗が吹き出した。当然のことながら固まったまま、ぎこちない動きでイザークを見やる。



「………は?」


 イザークの話はストレートすぎる。あまりに端的すぎてこれでは呼び出されたディアッカのほうが鳩に豆鉄砲だ。

「聞けばお前と二人で自室で宜しくやっていたそうじゃないか?違うというなら弁解を聞いてやらんこともないが?」

「ぶっ」

 ディアッカが吹き出す。

 本当は聞きたくもなかったが、キラの手前イザークは我慢した。どうせディアッカとアスランのことだ。ディアッカが噛むと必ずくだらないことと相場が決まっている。



「っつ〜か、何の話?ソレ」

「だって…アスランが……僕に何も言わずに、急に……。だからもう別れようって、アスラン殴って大啖呵切っちゃったの!」



 ところが30分もしないうちに謎は解けた。

 つまりアスランがディアッカに相談しているのが、キラには浮気に見えたらしい。しかも二人きりで部外者立ち入り禁止にしてたことが更に拍車をかけていた、と。



「あ〜すまんなキラちゃん……でもキラちゃんと別れたら何しでかすか判らんぞアイツは」

「でも…なんかすごく親密そうに話してたからてっきり…」


「あ〜それはコレ。それにキラちゃんよぉ、俺はノーマルだって!だいたいミリィいるのに何であんなへたれとお付き合いしなきゃなんないんだよ」

 そう言いながらディアッカは持ってきた大きな包みを、畳の上にどかりと広げた。



「何?これ…」

 綺麗な布地が何枚も重なっているように、キラには見えた。


「浴衣か…」

 イザークがぼそりと呟く。

「正解!キラちゃんに着て欲しいってさ」


 すぐにイザークが反応した。

「待てディアッカ!そんなことなら直接キラに言えばいいだろう!」


「…と、思うだろ?だがなイザークよ、キラちゃんと手をつないで街を歩いたこともないって言うへたれだぞ?出来ると思うか?」



 微妙に長〜ぁい沈黙が、四畳半の和室に降りてきた。



 ディアッカの話によると、近いうちに夏祭りがある。その機会を利用して、念願だった「手つなぎデート」をしたいらしい。

 ちなみにそれまでなぜしなかったのかというと、ズバリ「周りの視線が気になって…」というへたれぶり。ところが街で堂々と手をつないで歩いている恋人同士を見るたびに、自分だってそうなりたいと強く願うようになったのだとか。



「あんのドへたれが…」

 イザークの舌打ちがやけにしっくり来た。

「と言うわけだからさ、アスランのヤツキラちゃんのことしか考えてねぇよ。だから機嫌直して、今度コレ着てアイツと歩いてやってくんね?」


 キラはようやく誤解が解けて、少しホッとしていたところだった。

「いいけど…僕着方知らない……」

「それは大丈夫。俺が着付けてやっから」



 ちなみに本日2度目のキラの発見。


<ディアッカの趣味は日本舞踊だった>



 金魚柄の淡い藤色の浴衣を着せてもらい、キラはもの珍しそうに自分を見た。

「似…合う?」

「可愛いよ、キラちゃん」

 近くでイザークは頬をほんのり赤く染めて目をそらしていた。


「いいから、それ着て仲直りして来い!」

「うん、ありがと。イザーク、ディアッカ」



 その日、キラがもう一度着替えて帰っていったあと、ディアッカが友人にぼそりと漏らしていた。


「お前も損な性分だよな…」

「うぅうっ…うるさいっ」


 イザークはキラにだけは甘いんだから。そのことを再確認して、ディアッカは肩をすくめた。



「………茶でも飲んでいけ…」

「へいへい。ご相伴に預かります。師範」



 七夕当日。昼過ぎから例の浴衣を着付けてもらってキラはご機嫌だった。でもってカリダはもっとご機嫌で、「今日は赤飯ね〜♪」とキラには判らない不思議なセリフを吐きながら、彼女を美容室へ引きずっていった。


 そして時間はサクーと過ぎ、午後4時過ぎ、玄関前に少し不安そうな顔をしたアスランが迎えに来た。


「……似、合う?」

「すごく可愛い」


 殴られた上、別れると啖呵を切られたことが堪えているらしい。キラの機嫌を損ねないように窺うような目つきで、アスランはひどく自信がなさげだった。

 さすがにキラもばつが悪い。



「ディアッカに全部聞いたよ。僕何も知らなくて…」


「ごめん…言わなかった俺も悪かったんだ」

「ううん。アスランのこと、小さい頃から知ってるって思ってたのに、判ってあげられなくて…」


 ごめんね、とキラが小さくはにかむと、アスランはごくりとのどを鳴らして震えながら言ってきた。



「キ…キラっ……その…手、繋いでも…良い?」


「ずっと、離さないでいて欲しいな……?」



 少し間をおいて、アスランは目に涙を浮かべマジメな表情で彼女に答えた。

「もちろん。一生…手放さないから」



 そして夏祭りの会場で、キラの小さな手は堂々とアスランの手の中に収まっていた。それが後に学校中のうわさ話になって事態が大きく、ちとややこしくなったことはとりあえず棚に上げる。



 後日、アスランは驚愕の事実を受話器の向こうから聞いた。

「あん?だからそりゃ浴衣じゃねぇって!」

「だって俺はそう聞いて……」


 電話の相手は言わずと知れた”ディアッカ・エロスマン”だ。この手の話を相談できるのはディアッカしかいない。

「っつ〜か!だいたい誰から聞いたんだよ、その話」



 アスランはへたれすぎて、その手の雑誌にも近づけないのだった。彼が自らそう言う知識を入れたとは思えない。どこかから仕入れたか、はたまたそそのかされたか、騙されたか。まぁ、その辺だろう。



「………だってミゲルとラスティが話してたのを偶然耳にして…」


「あ”あ〜〜〜〜〜」



 ディアッカはアスランの中途半端な知識にげんなりとなった。まぁ、早い話がアイツらのいい加減な話を途中から聞いて、勝手に思い込んだ……というのが関の山だ。

「ま〜そー言うのはあるけどな〜。だったらいいか、今度は間違うなよ。ワンピースだよ。女の子に贈るってことイコール、君を脱がせたいって意味なのは」



 受話器の向こうで、あのアスラン・ザラが灰になっているだろうことがディアッカには手に取るように判った。



 その晩。

「やれやれ大変だったぜ。灰状態のへたれを宥めるのってさ」

「原因の半分は貴様のせいだろうが!」


「そりゃ…否定は出来ねぇけどよ〜〜」

 ディアッカはイザークに電話で愚痴った。さすがにアスランがどの部分で悩んでいるのかを、初めからきちんと聞いておけばこんなことにはならなかったのだ。


 ちなみにその日イザークはキラから感謝の言葉をもらったらしくて、やけに上機嫌だった。

「ま、貸し借りはなしだなディアッカ」


「ちぇっ。そーいうことにしておいてやるよ」



 おまけv

 午後9時前に、愛娘はきちんと彼氏に送られて自宅に帰ってきた。そしてひどく上機嫌で、彼氏と仲直りしたとカリダに報告した。


(残念ねぇ〜〜〜。今夜こそお赤飯を炊けると思っていたのにぃ〜〜)



「……?母さん、何か言った?」

「何も言ってないわよ…」


(ああ、でも早く炊ける日が来ないかしらぁ〜v)


 カリダが娘に念を送り続けていたことなど、キラは全く知らなかった。


 が、その念たるやすさまじいもので、ザラ家に帰ったアスランがあまりの寒気に、一晩中くしゃみを押さえきれなかったと言います。


笹☆〜tanabata〜☆☆〜tanabata〜☆☆〜tanabata〜☆☆〜tanabata〜☆☆〜tanabata〜☆☆〜tanabata〜☆笹
言い訳:久しぶりのHappinessシリーズです。いんやぁ、このシリーズはイベントものなので、続くとは思っていませんでした。ところがそう言えば七夕をすっっかり忘れていて、急きょ書いたのでした(笑)確か前にミゲルが「へたれへたれ」とけなしていましたが、そこんとこが書けて微妙に満足かも。
 ちなみに今回のOpportunityは、良い機会。好機、チャンスとかいう意味です。夏祭りシーズンと重なっていますので。でもって、作中でキラが飲まされていたのは茶道で出されるお抹茶(薄茶)でした。今回はイザークの勘違い編(笑)

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