がくえんラプソディー



キラ(♀)の場合 後ろの人狂想曲


(前編)


 アスランの誘いに乗り受験し、めでたく通えることになった<やっ種学園>の高等部はどちらの家からも距離がある場所にあった。とはいえザラ家とヤマト家は道向かい。つまり二人は親に内緒で
共謀した、ということになる。結局自宅通学に時間がかかる、という現実を盾に学校近くの寮に入ることになった。


(ふふふっふ!ここまでは順当!後はキラの許可を取るだけだな)

 
不気味な忍び笑い鼻息鼻血を同時に漏らしつつ歩くアスランは、キラ以外の人間を寄せ付けないという前代未聞の最終奥義を披露することになった。



「アスラン?目が笑ってないよ?」

「どこが?これほど上機嫌なのに」


「みんなが気味悪がっちゃうから、いいかげんその
気持ち悪い笑顔止めようよ…」

 キラの正しい忠告も耳に入るはずもなかった。なぜならば………。



(父上がどんな悪辣な手段を持ってしようと、あの計画だけは絶対に阻止してみせるッ!)

 無意識に振り上げられる拳。


 そして真っ青になってガタブル震える級友達をさすがに哀れんだキラによって、アスランは彼女の部屋に強制連行された。







 カチャリ☆


「ぅん。これでみんなの怯えもだいぶ和らぐ…かな?」

 と、キラが声に出して言ったところでアスランの耳には全く届いていなかった。アスランは自分の鞄から無造作に出した書類を彼女に突きつける。



「約束通り18になるまで待った!だからここにキラの名前を書いてっwww」

 そのぺらんぺらんの書類をまじまじと見てキラはため息を付いた。



「あの話本気だったんだ?」

「本気も何も、君と出会った時から俺はずっと言い続けてきただろう?」


 言われ続けてきた記憶はある。だが、いつ頃からアスランが言い始めたかの記憶はない。アスランの話によれば、それはキラと出会って次に会った時、つまり一週間後からだそうで。そんな
トリビアな記念日なんぞキラは全く覚えていない。


「キラは俺が嫌い?」

 こういう時のアスランは、世界一悲愴な顔をしている。


「うーーーん…嫌いだったら同じ学校に受験なんてしなかったなぁ」

 それも、入寮する必要のある遠くの学校なんて。と言うと、アスランは文字通り喜色満面(ジェスチャー付)のままキラに突っ込んできて……………そのまま幸せそうにちゅっちゅと大好きな彼女のキスの雨を降らせた。



「みんなといる時とすごいギャップ…」

 お願いだからその崩れまくった酷い顔を公衆の面前にさらさないでねとお願いすると、アスランはそれを
可愛らしいジェラシーと曲解してますます調子に乗ってきた。

「そりゃそうだよ。父と決別してまでも叶えたい、ただ一つの希望だから…」



 プラントで一人働いているアスランの父が大反対していることは、アスランの母→キラの母→の順で耳に入ってはいた。





「こういうの…
抜け駆けって言うんだっけ?」

「いいや、違うよキラ。
先手を打つって言うんだ」


 結局やろうとしていることは同じなのではないかと思ったが、自分もアスランのことはそういう意味で嫌いではないし、何よりアスランが異常に喜ぶので、キラは深く考えることなくその用紙に自分の名前を書いた。







 数日後、再びキラにダイブしてきたアスランは、この計画の成功をキラに伝え、そしてきらきら輝く本物の指輪を彼女にプレゼントしてきた。


「マリッジリングはゆっくり納得する物を選ぼうねっ」

 そして二人は学生結婚した。



 キャッキャと犬のようにはしゃぐアスランを一発拳で黙らせておいて、その日の夜、アスランのちょっとした不満を完全無視したまま、二人は本格的に結ばれた。え?ちょっとした不満、じゃよく判らないって?キラの表現を借りると、「僕たちまだ学生なんだから、
カバー付で良いの!」だそうですよ?







 ところがその幸せの絶頂から僅か一ヶ月で、二人の関係にヒビが入ってしまった。


「どうしたんだ!キラ?お腹でも痛いのか?それとも出来ちゃった?それならそれで良いんだけど、どっちにしたって病院行こうよ産婦人科!」

 などと満面の笑顔でぶちかますお荷物に、綺麗なモミジをプレゼントしてキラは人生初の「引きこもり」なるものをしなければならなくなった。アスランにはコッソリ「生理痛で動けない」などと演技付で嘘を付いてまで。





 自分の部屋でキラはアスランに隠れて会話する。


「せいぜい誤魔化しても一週間だからねっ!それ以上は無理だよ」

「そんなっ!具体的に判るわけ無いじゃないですかっ」

「この手が通用するのも一週間が限度だよ」

「俺だって好きでここに居るんじゃないんですから!」


「はぁ〜〜〜〜〜………」

 キラはため息を付く。何でこんなことになったんだろう?後輩のシンが。シンがある日突然自分の背後霊になってただなんて!



「せめてアスランもそうだけど、他の人に見えないってのだけは救いだけどさぁ…」

「仕方ないでしょ!俺だって目が醒めたらここにいたんですから。そりゃ、ちょっと…いやかなり嬉しいとは思いましたよ」

「ナニ嬉しいって!!!」

 キラのジト目が怖い。


「キラ先輩は学園の姫ですから」

「……………ハァ!!?」



「知らなかったんですか?先輩狙ってる人、すんげー多いんですよ?それなのにナニをトチ狂ったかアスランさんなんかと結婚しちゃうし…」



トチ狂った………?アスランなんか……………!!?」


「いえいえいえいえっスミマセンでしたっ!
俺が悪かったですッ!でも、本当なんですからね!キラ先輩、二人の時以外指輪しないって言ってたから、お二人のこと知らない人たちに当然告られまくると思いますけど…」


「うーん…僕はまだしもアスランはねぇ………」

 今だって一日平均2〜3人のペースだ。けれども、もとよりアスランはキラ以外視界に入っていないので、実はそんなに気にしてはいない。気になると言えば、自分のこのまずい状況だけ。だってそれは、キラの女の子としての生活と、アスランのお嫁さんとしての生活の両方を目と鼻の先で見られるというわけで………。キラだって許せないが、そんなことがアスランにバレた日には、きっと本格的にシンはこの世から消えてしまうに違いない。


(中編)


「ねぇシン…とりあえず深ッ刻なお願いがあるんだ」

「はい、キラ先輩…」

「僕は
これでも女の子なんだ。見られて困ることなんかいっぱいあるんだよ。判るよね?」


つまり、お着替えからお風呂やトイレを見ないでくれということだ。


「そんなこと言われても〜〜〜〜〜っ」

「後ろ向いてりゃ良いでしょッてか向け!!!耳栓…は無理か、聞こえないように耳とか塞いどいてよぉッ!それにそれにッもし一週間以上まだ僕の背中に
生えてるようなら僕はもう………ッ」

 つまり、カバー付とは言え、シンなんかには
刺激の強すぎるアレコレが丸見えなわけである。


「そ………それ………は…」

 シンの喉がゴクリと鳴る。第二次成長期の今、シンに興味を持つなという方がオカシイだろう。


「見ないで!聞かないで!そして誰にも言わないでッ」


 そ、そりゃぁ〜〜〜まかり間違ってカガリの耳にでも入れば、やっぱりシンの命はないだろう。





 ところが現実は二人にとぉっても厳しかった。だって、授業はサボっても、生活しないわけにはいかない。着替えれば洗濯物だってしなきゃなんないし、時間が経てばお腹がすく。まして二人部屋の
同居人は彼女の夫!ドアを、開けないわけにはいかないのだ。

「キラー」
「ギャッ!」

 そして初日からその機会はやって来た。


「お腹、まだ痛むのか?保健室で軽い痛み止め貰ってきたからとりあえず飲んで様子を見よう」



キラ(しまった…!僕
腹痛いって言っちゃったんだっけ?)
シン(先輩お腹なんか痛くないでしょ?)

キラ(おかげで
頭痛はするけどね…)

 あと………神経性胃炎気味?それなら痛み止めじゃなくて胃腸薬………。けれどもそんなこと本気で心配しているアスランに通用するはずがない。けれども、
事実をゲロったら大惨事になる。



「あ、ぅん…ありが………とぅ…。貰うね、アスラン」


 本当はこの時間を出来るだけ引き延ばしたかった。でも、アスランから見ればそれはそれは至急に解決しなければいけない一大事である。アスランはキラをゆっくりとベッドへ寝かせ、水と薬を持ってきた。

「一人で飲めるか?」

「大丈、夫…」


 仕方ない。痛くもない腹だが、ここはアスランの面目を立てて薬を飲む。まぁ、一般的な痛み止めなので、ナニカには効くだろう。うん。



「!?あぁあああっアスラン!!?」


 グラスを給湯室に置いてくると、さも当たり前のようにベッドに潜り込んできたアスランに二人(キラとシン)の焦りはピークになった。

「大丈夫だよ。キラはゆっくりしてて」

 そう言うと、アスランはキラの真後ろから抱きすくめるように座り、彼女のお腹をゆっくりと撫ではじめた。


「アスラン……」

「女の子はね、お腹は絶対冷やしちゃダメなんだぞ」

 背中とお腹と両方に感じる温もりに、最初は緊張していたキラだったが、そのうち身体が温まり気持ちよくなって………いつの間にか寝込んでしまった。



シン(ちょっとォ!キラ先輩っキラ先輩〜〜〜っ!
一人で寝ないでくださいっ違う世界に行っちゃわないでくださいっっってか、アスランさん寝込んじゃってるのを良いことにちゃっかり胸も揉んじゃってるんですけど良いんですかッ!!!?)



 結局翌朝には、そのうち一緒になってぐっすり睡眠を満喫した二人と、対照的にいかにも
寝不足かつスケルトンなお一人様ができあがってしまった。





 翌日、ギリギリの時刻に校舎へと行ってしまったアスランを見送り、二人はため息を付く。


「こんな調子で何とかなるのかな?」

 ギロリとシンを睨む。


「ってかさぁ!シン君ナニ
お化けのクセに目の下に隈作ってんの!?」

「寝られるわきゃぁないでしょーがッ!アンタらのせいでッ!先輩は俺を置いてサッサと寝ちゃうし、アスランさん(怒)は先輩の身体を触り倒すしっ」

「いや、アスランが僕の身体を触りまくるのはいつものこと……………って!ってぇッ!!!見てたの!!!!?」

「ええ……寝不足になるぐらい…」


 瞬間繰り出されたキラのストレートは、シンの顔面をスカーッと通り越した。



「ぁああぁぁぁぁあああああっ!生身だったら殴り倒してたのにぃぃいいいッ」

 ポカスカ殴るが、その拳は全てスケルトンな身体を貫通してしまう。


「……………。あぁあ〜〜〜悔し〜い〜っ」

「俺は虚しいです」

 キラはギッとシンの顔を見すえた。



「こうなれば、とっとと元に戻る方法を探そう!」


 時間は残されていない。きっと今の嘘が済んだらアスランは………。などと想像しキラは真っ青になった。一週間は授業も休むとアスランに連絡を頼んだ。だからその間は毎日アスランを送り出して帰ってくるまで、手当たり次第に考え尽くせる場所を当たってみることにした。とにもかくにも、真後ろからシンにどいてもらわないことには話にならない。



「と言うわけで、今日はお寺、明日は神社、それでダメなら明後日は教会だ!」

「あとは…霊媒師とか?」


「………の前に、君の部屋に一度行ってみよう。シン君、身体はそこにあるんだよね?」

「ええ、ありますけど…」


 問題は………………………アスランにバレないこと、だ。後でとぉってもややこし〜い問題になるから。





 それから数日後。キラの怒りとシンの焦りはピークに達していた。


「ナニが悲しくて君にアスランとイチャイチャするところを見られなきゃなんないのさっ」

 目の前で見られてると思うとどうしても一歩も二歩も引いてしまう。ところがそんなことなど露知らないアスランは当たり前のようにキラを構い倒してくる。二人っきりだと思って、遠慮なく、しかも毎晩。
社会的地位も揃えたことも相まって、ますますアスランから遠慮が抜けていく。その度に二人は真っ青になっていった。



「先輩とアスランさんの仲がいいってのは充分すぎるほど判りました。俺だって出来ることなら今すぐでも自分の身体に戻りたいですよ」

 そう、シンの身体は寮の彼の部屋のベッドの上。



「でももう、考えられるトコは回ったよぉ…」


 よく考えてみれば、住職さんに神主さんに牧師さんというのは
職業であって、霊能者なんかじゃない。でもって霊媒師さんとか占い師さんとか言われる人も回ったけど、シンの姿は見えてなんかいないようでいい加減なことを言われて体よく帰された。そうこうしているうちに一週間なんかアッという間に過ぎてしまって………。



「終わったすぐ後でちょっと苦しいかも知れないけど、今日はやさしく抱くから…」

 などと抱きしめてくるアスランから
逃げる言い訳は尽きてしまった


「そんなに我慢してたの?」

「………ぅん…」


 お腹辺りに当たるしっかりした
異物感にゲッソリしながらも、今晩は逃げ切れそうにないことを悟った。宿題を手伝って貰って、シャワーを待っている隙にシンには言いたい放題ぶちまけておいた。見るな触るな後ろ向いとけ聞くな忘れろ誰にも言うな気絶してろ………。

 脱衣室でバスタオルを巻いたところで早速アスランにベッドへ拉致られ、そのままキスされた。


「すごく綺麗。バスタオル一枚っての、すごくえっちでそそるね」

「……そ、ぉ?僕は恥ずかしいよ、すごく」

「すぐにそんな余裕言ってられなくしてあげたい」

「痛いのはやだよ。できるだけ優しくしてね」


「勿論」


 そう言って誘導された手からアスランの今の気持ちがダイレクトに伝わってきて、キラは瞬時に真っ赤になった。たとえカバー付だと言っても、恥ずかしいものは恥ずかしい。


「キラ、好き…好き………ずっと好きだった…」



 最初は自分の置かれた奇特な状況を意識していたキラだったが、アスランから与えられる熱気が気持ちの強ばりをほぐしていき、結局いつしかキラも夢中になっていた。それは翌朝目が醒めて、改めて冷静に状況を見つめ直し一気に血の気が引いてしまうくらいに。


(後編)

「もぉダメっ!もう絶対ダメ!!我慢できないッ」


 授業に出るようになっても一向に離れてくれないシンに、キラは簡単にぶち切れた。満面の笑みで
アスランを生徒会室に押し込めて、人気のない場所で怒鳴り散らす。



「そんなこと言われても〜〜」

「ダメダメ駄目ダメっもー駄目!堪えられないし、
教育上非常に宜しくないッ」


「………。それを言ってしまえばキラ先輩達だって同じだと思うんスけど…」

 シンは思う。自分とキラたちとは2歳しか違わない。しかもみんな同じ高校に通っているのだ。いくら学生結婚とは言え、キラたちは良くてシンはそういうことを見るのもいけないと言われるのは
心外な気がしてならない。



「うるさーーーーいっ!君だって嫌でしょ!こんな生活」


「そ………そりゃっ………キラ先輩すんげー可愛いし俺憧れてたし役得かなって思ったりもするけど……………」

 鬼か悪魔のような形相というのはこのような表情のことを言うのだろう、というほどの
テキスト通りの怒りをシンは真正面で受け止めた。





「もぉ駄目!どうせ痛くも痒くもないだろうけど、僕の気が済まない!」

 そう言ってキラはズンズンと歩き始め、シンの部屋のドアを乱暴に開けた。何をするのかとオロオロしているシンを完全無視してキラが始めたことといえば……………。


 
ばちぃん☆☆☆バコッ…がごん………バキャッッ…ドガガガガガ……………!


「やっ止めてくださいキラ先輩っ!
俺の身体………」

「あんなこと言われて許せる訳なんかないだろぉおおおおッ!せめてっせめて
身体だけでも殴ってやるぅ〜〜〜っっっ」





 すぱこ〜〜〜ん!キラは自分の腕が痛くなるまで
無抵抗のシンの身体を殴り倒した。ハァハァと息を付くキラに遅れて数十秒、思いもかけない人が部屋を訪問してきた。


シン(あれ?理事長?)

「レノアおばさま…?」


 そこにはこの学園の理事長の姿があった。レノアはボコボコに殴られたシンの身体を哀れむように眺めて、キラに向き直してきた。



「お久しぶりね、キラちゃん。ああそれと、ちょうど良かったわ!この子の魂はあなたのところに来ていたのね」

「え!?おばさま…?解るんですか?」

「探していたのよ。アスカ君が出席しなくなって1週間、さすがにおかしいって報告が来ていて、アスカ君の魂を探していたの。良かったわぁ見つかって」


 そしてザラ夫人は
シンの魂をキラからベリッと引っ剥がし………たった今ボコられたばかりのシンの身体に戻した。その直前、シンの「ちょちょちょちょっと待ってッ」という懇願を見事にスルーして。幾ばくかもしないうちにシンはずっと閉じていた瞳を開けた。



「……シン君?戻れたの?」


「……………おかげさまで、すんげー………
痛いです…」

「あ、ごめ……」



「とりあえず良かったわぁ。アスカ君には迷惑を掛けたわね。今年は入寮希望者が多くて、たまたまこの部屋に入って貰ったんだけど、この間部屋の増築工事が完了したからすぐにそちらに移ってくださいね」


「あの…この………部屋は…?イテテ…」

「幽体離脱事故が多すぎるのでこの部屋は完全封鎖します。あ、アスカ君すぐに校医をここに来させますからね。とりあえず治療を受けて下さいね」

 そう言うとザラ夫人はキラを伴ってアッサリとシンの部屋から出てしまった。





「ごめんなさいねキラちゃん、迷惑を掛けたわね…」

「あ、いえ………」


「ああそれと、息子から良い報告も来てるのよ。ありがとうねあんな息子を引き取ってくれて」

 
引き取る…!!?アスランのお母さんの発言は時々意味不明だ。だが。


「今は事情が事情だけど、二人とも高等部を卒業したらちゃんと結婚式を挙げたいと思うの。アスランと私のためにドレスを着てもらえるかしら?」

と提案し、キラを酷く驚かせた。



「……………………は、ぃ…」


 ちなみにその直後、キラが見たものは
ハイヒールを履いたまま驚くべきスピードでスキップして去ってゆく学園の理事長の姿だった。


(完結)

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